2010年07月31日

がんと環境汚染

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前回、乳がんリスクと住まいのカビよけ剤などとの関係について書きましたが、その調査が行われたのはマサチューセッツ州のケープコッドという場所です。ケープコッドは大西洋に細長く突き出た半島で、白い浜辺や港、灯台が点在し夏場は大勢の観光客でにぎわいます。またクランベリーの栽培も盛んです。

そんな美しいケープコッドですが、1993年に州の統計でマサチューセッツの他の地域と比べ乳がんの罹患率が15%ほど高いことがわかりました。掃除用製品や家庭用殺虫剤の調査は、その原因を探るために行われた一連の研究のひとつでした。他にも飲料水の汚染レベル、クランベリー栽培に使用される農薬の影響、家庭内の空気や埃に含まれる化学物質等について調査が実施されました。

お水については、下水処理システムで浄化後もホルモンを乱す化学物質が残存していることや、下水自体が飲料水の水源に若干浸み込んでいる可能性が示されたものの、飲料水の亜硝酸レベル(下水による汚染の程度を示す指標)と乳がん罹患率の間には繋がりが見られませんでした。また、クランベリーの栽培には1970年代中頃までDDTが使用されていましたが、その時代にクランベリー農園の近くに住んでいた女性の間で、乳がんリスクが特に高いという傾向は出ませんでした。家庭内の化学物質については世帯平均で20種類のホルモンかく乱物質が検出されましたが、それらと乳がんとの関係については不明です。つまり色々調べてみたものの犯人を特定することはできなかったのです。

ある地域で特定のがんの罹患率が異常に高い状態はCancer Cluster(集団発生)と呼ばるそうです。ただ、クラスターが真のクラスターなのか(公害等の原因あり)、たまたま数字が大きいだけなのか(偶然)の判断は微妙と言われます。自然な状態でも国中の全ての地域でがんになる人の数が同一になるわけではありません。底に升目を描いた箱の中にお米を一掴みバラバラっと投げ込んだら、升目ごとに落ちた米粒の数が等しくならないようなものです。周囲でがんになる人が妙に多ければ、地域住民は何か理由がある筈だと考えがちな一方、疫病学者は懐疑的な見方をすることが多いのはそのためです。さらに真のクラスターである疑いが濃くても、環境と発がんの因果関係を立証するのは非常に困難です。

ニューヨーク州ロングアイランドは、1980年代後半から90年代にかけて乳がんの死亡率が全米の水準より目立って高い地域でした。その原因を究明する為に国立がん研究所(NCI)が直々に調査に乗り出し、2004年には連邦議会に報告書が提出されました。乳がんと環境汚染との関係を研究する10件以上の調査を含む大プロジェクトでしたが、結果は肩透かしをくらうような内容でした。怪しいと目されていたDDTなどの有機塩素系農薬とPCBがどちらも白と出たのです。(DDTやPCBに発がん性が全くないと言っているのではなく、ロングアイランドの女性が日常晒されている残存DDT/PCBレベルであれば、乳がん罹患率に差を生じないという意味のようです。)調査票、血液や尿検査、さらに手術の際に切除した脂肪組織の組織検査、と色々な角度から綿密に調べたにもかかわらず乳がんとの関係は認められませんでした。唯一の成果はPAH(多環芳香族炭化水素)に黄色信号が出されたことです。PAHはディーゼルエンジン、焼却場、各種燃焼機器、タバコなどの煙に含まれる有毒物質で、多量のPAHが体内に入ることで乳がんのリスクが1.5倍になるそうです。しかし、これだけでロングアイランドの乳がん率を説明するのは無理があり、残念ながら真相解明には程遠い状況です。

環境汚染の影響が疑われるのは乳がんだけではありません。ニュージャージー州のトムズリバーという町では、小児がんになる子供の数が何年も続けて平均を上回りました。白血病、脳腫瘍、神経芽腫など種類にばらつきはありましたが、近隣のがんセンターでナースが首を傾げたほどの罹患率でした。トムズリバーには有害廃棄物の埋立地が2箇所あり国から安全/浄化処理を命じられています。小さな子供を持つ親たちは州の健康課に何度も足を運び、汚染と小児がんとの関係を調査するよう要望しました。初めは「小児がんの率は懸念するほど高くはない。」と取り合ってもらえなかったそうです。しかし住民側はあきらめませんでした。住民グループ代表で、神経芽腫を患う子の母であるLinda Gillickさんは「白血病になった子供の二軒先に腫瘍のできた子供がいる。同じ水を飲んで同じ空気を吸ってるのに、当局はそれと病気とは関係ないと言う。私の常識ではおかしいとしか思えません。」と語りました。努力の甲斐があってようやく調査が実施されましたが、因果関係が示唆されたのは、妊娠中に汚染された水を飲んだ母親を持つ女児の白血病のケースだけでした。他の小児がんについては原因不明のままです。多発しているとは言え小児がんの件数は少ないので、統計的な分析では答えを出しにくかったようです。

癌になる原因は一つではなく、様々な要素が絡み合っていると思います。また、何らかの原因で損傷した遺伝子を修復する力にも個人差があります。こうすれば癌になる、ならないと決めつけらられるほど単純なメカニズムではない筈です。その一方で産業化の進んだ社会において癌の罹患率が上昇しているのも事実のようです。地域内、家庭内での環境汚染が癌細胞の発生にどう関与しているのか、もっと解明されて欲しいと感じます。

最後にうれしいニュースで締めくくりましょう。今年5月に、NCI内のがん諮問パネル(President’s Cancer Panel)が「環境による癌リスクを減らす為に」というレポートを発表しました。「人に害があることが証明されてから対処する現行のアプローチを、予防主体のアプローチに変更すべきである。」「疫学的調査や有害アセスメントは、エビデンスのない分野で強化されなければならない。」といった頼もしい勧告と詳しい現状分析から成るこの報告書は大統領に届けられ、今後予算を組む際の参考にされるそうです。

情報ソース:Cape CodLong IslandToms River1Toms River2Cancer ClusterPresident's Cancer Panel
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2010年07月23日

きれい好きな人の乳がんリスク

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数日前のことです。イギリスのメディアを中心に、家庭内で掃除の時に使用する製品と乳がん罹患率との関係について報道がありました。このニュースはマサチューセッツで行われた疫学的調査の結果に基ずいています。

調査の概要は次の通りです。
対象者は、1988年から95年の間に乳がんになった女性787名と同じ年代の健康な女性721名で、清掃関連の製品と殺虫剤の使用頻度について質問されました。掃除がらみの製品群はオーブンクリーナー、住居用クリーナー、カビ取り剤(漂白剤入り)、消臭・芳香剤(固形)、消臭・芳香スプレーを含み、殺虫剤は人間用の殺虫、虫除けだけでなく、芝生や植物の害虫駆除、ペット用のノミ・ダニ駆除も含みます。そして対象者を使用頻度によって4つのグループに分け(最も使用頻度が高い、2番目、3番目、最も使用頻度が低い、25%ずつ)分析が試みられました。クリーナー類総合と消臭・芳香剤総合で、最も使用頻度の高いグループは最も低いグループと比較して、乳がんになるリスクが2倍という結果でした。特にカビ取りと固形の消臭・芳香剤の使用に於いて、乳がんとの因果関係が顕著に見られたそうです。殺虫剤が乳がん罹患率に及ぼす影響については確認されませんでした。

ここまで流し読みして、風呂場のカビ取り剤とトイレの芳香剤をゴミ箱に投げ捨てようとしている貴方、まあ気を落ち着けて最後まで読んで下さい。

この調査は電話インタビューの形式で実施され、対象者は過去の使用習慣を思い出しながら回答したため、一番の問題点は人の記憶に頼っていることです。言うまでもなく記憶は正確とは限りません。単純に忘れてしまったり思い違いをしていたりすることのほか、自分の信じていることが記憶に色をつけるということも有り得ます。調査を担当した研究者は、そのあたりのバイアスを想定して「乳がんの原因は何だと思うか」という質問も加えました。すると「化学物質・汚染物質に大いに起因している」と答えた人達の間で、清掃関連製品の使用頻度と乳がんの因果関係が強く表れました。つまり乳がんの原因は化学汚染ではないかと疑っている患者やサバイバーは、癌になる以前の清掃製品の使用頻度を、無意識のうちに実際より高く記憶修正している可能性があるということです。

では上記のデータに全く信憑性がないかというと、そう決め付けるわけにもいきません。実際に化学物質を多く含む製品に依存した生活を長く送っていたので、癌になってから「あれが悪かったのかも」と疑っているケースもあるでしょう。自分自身で振り返ってみると、生活習慣というのはそう簡単には変わらないし、子供の頃からずっと引きずっているような事も沢山あると思います。(例:芳香剤をよく使う家庭で育つと大人になってから自分も使うようになる。)また習慣の変化についても人間は割りとよく覚えているものです。(例:結婚した相手が神経質なので風呂場のカビ取り回数が増えた。)

ちなみに乳がんになった人の間では、乳がんは「化学物質・汚染物質に大いに起因している」という回答が60%、「遺伝に大いに起因している」という回答が42%でした。対して、乳がんになったことのない人の間では「化学物質」が57%、「遺伝」が66%だったそうです。健康な人が癌は遺伝、家系と(無邪気に)考えがちな一方で、家系に心当たりがないのに癌になってしまった人は、何か他に原因がある筈だ、と環境なり生活習慣なりに矛先を向ける傾向があるのでしょう。大変興味深いです。

結論として、カビ取り剤や消臭・芳香剤の使用が本当に乳がんのリスクを上げるのかどうか、現時点では定かでありません。他の癌のリスクについても不明です。同様の調査を幾つかやって結果を照らし合わせてみるとか、こうした製品に含まれる物質の発ガン性をマウス相手に研究するとか、白黒つくまでに何年もかかると思います。それまで待てない、ちょっとでも疑わしいものは絶対避けたい、という人は自己責任で避けて下さい。市販の製品を使わなくても、酢(クエン酸)とか重曹とかで結構きれいになるみたいですしね。えっ私ですか?私、実は掃除は昔から大嫌いなので、お掃除系製品の使用もミニマムです。(ちょっとバスタブも黒ずんできました…汗。)室内の消臭スプレーは冬場によく使っているので、インドのお香にでも変えようかしらと迷っています。

参考資料:イギリスの報道調査結果(概要)イギリスNHS(National Health Service)の見解

(追記)
頂戴したコメントによると、「ブラジャーをつけると乳がんリスクが上がる」という内容の記事を日本のマスコミ等が配信したらしいです。

正直ゾッとしました。このブラジャー犯人説は長い間、アメリカやカナダでネット上の「噂」として飛び交っていますが、信憑性に乏しい怪しい情報の一つです。噂の出所は1995年に出版された「Dressed to Kill」という本です。作者のSydney Ross SingerとSoma Grismaijer(夫婦)は医師でも癌の研究者でもなく、しいて言うなら「変な人達」です。ブラジャー着用の他、平らなベッドで寝ることにも反対しています。傾斜しているベッド(頭高足低)で寝ればあらゆる病気が治るとか、汗を沢山かき排泄(大小)を沢山すると前立腺肥大やら更年期障害やらを防止できるとか、もう滅茶苦茶なことを言ってるのです。

ネット上の情報は玉石混合。皆さん気をつけましょう。

(続きを読むに、New York Timesに掲載された「Bras and Cancer」という短い記事の訳をつけておきました。)
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posted by leo at 14:07| Comment(11) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

がんと失業

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癌になったために解雇されたり、辞めるよう促されたり(実質上の解雇)したらどうしますか?

カナダ、オンタリオ州で、乳がんになったことを雇用主に伝えた後に解雇された女性が人権委員会に訴え、その訴えが認められました。法廷は、失業によって失われた収入および不当に扱われたことによる心痛の償いとして、元雇用主に2万カナダドルの賠償金支払いを命じました。

怪我や病気で働けなくなった従業員の権利や雇用主の義務は、住んでいる国や州の法律によって異なると思います。オンタリオ州では、こういったケースは労働基準法ではなく人権擁護法の適用となり、病気を理由に解雇するのは明らかに違法です。州の人権法が、人種、先祖、出身地、民族、国籍、信条、性別、性向、年齢、犯罪歴、既婚/未婚、同性パートナーの有無、家族状況、そして心身の障害に基づく差別、不利益を固く禁じているからです。心身の障害は傷病、身体障害、精神障害のほか、アルコール中毒や麻薬中毒まで含みます。癌になった人を解雇するなど言語道断、どんな大バカ雇用主がそのような卑劣かつ浅はかな行為をとったのかと呆れました。

大バカ雇用主は従業員10人以下の小さな不動産管理会社でした。そこで働いていたElsa Torrejonさんは2009年1月に乳がんの診断を下され、治療(手術+化学治療)のための病気休暇を願い出ました。人権法の下、雇用主は病気の従業員には休暇を与え(有給か無給かは雇用主が決めてよい)、回復したら職場復帰できるよう役職をキープしておく義務があります。病気休暇中の業務は、他の社員がカバーするなり(短期)、派遣や契約社員に任せるなり(長期)して対処するのが普通です。しかし小企業のオーナーの中には法の規定を知らない、あるいは薄々知っているけど無視する人もおり、雇用条件が人権法や労働法に抵触していることも少なくありません。(従業員を家族のように大事にする小事業主さんも沢山いると思いますが。)Elsaさんの元雇用主は悪い方の見本で、Elsaさんの休暇願いを辞表だと言い張った挙句、事務所の鍵を取り上げて彼女を職場から追い出してしまいました。シングルマザーで子供が2人いるElsaさんは、乳がん告知のショックの中でも仕事を辞めようと思ったことはなく、手術の前日まで働くつもりだったにもかかわらず突然失業してしまいました。収入が絶たれたこと以上に、信頼して病気のことを話した雇い主に冷たい仕打ちを受けた精神的打撃が大きかったそうです。全く酷い話で、ストレスが予後に悪い影響を与えぬよう祈るばかりです。

このニュースに対する世論の反応は:
「雇用主への罰が軽すぎる。」
「賠償金額2万ドルは少なすぎる。」
「この会社に仕事を頼んでいる人はキャンセルすべき。」
「この雇用主のように病気の従業員をクビにするビジネスオーナーは、同じ病気に罹ればいい。」
「唯一の救いは、Elsaさんがこんな馬鹿どもの下でもう働かなくてもいいということだ。」
と、Elsaさんを支持、元雇用主を叩く意見が圧倒的でした。しかし中には、「小企業はギリギリのところで商売をしているのに、こんな賠償金を払わされたらやっていけなくなる…」という意見を出した人もいました。

小さな会社にとっては2万ドルでも大きな出費なのかもしれませんが、今回賠償金を払う羽目になったのは病気の従業員を不当解雇したから。身から出た錆ですよね。

さて、国境の南側、アメリカではもっと複雑な訴訟が起きています。遺伝的に乳がんになりやすい女性が、そのことを理由に解雇されたというのです。

コネチカット州に住むPamela Finkさんは乳がんではありません。が、遺伝子検査の結果BRCA2遺伝子変異を抱えていることがわかりました。BRCA2遺伝子変異がある人の全てが乳がんや卵巣がんになるとは限りません。ただPamelaさんの場合は姉妹2人が既に乳がんになっており、彼女自身も乳がんになるリスクが非常に高いという医師の判断でした。そこでPamelaさんは、昨年10月に予防目的で両乳房切除の手術、今年1月には再建手術を受けました。直属の上司と経営幹部数人には遺伝子検査の結果を伝えてありました。

乳房切除の際は2週間ほど休暇を取り、その休暇明けの頃から社内での風当たりが強くなったようです。1月の能力評価で厳しい点数をつけられ、3月にリストラを理由に解雇されました。腑に落ちないのは、社歴4年のPamelaさんが手術を受ける以前は能力評価で高得点を貰っていたことです。さらに彼女の病気休暇中、雇用主のMXenergyは他の女性を雇い、その人をPamelaさんより高い地位に昇進させるなどしてお膳立てをしていた疑いがあります。少なくともPamelaさんはそう考えて訴えを起こしました。

アメリカでは従来の人権擁護、雇用均等などの法律に加え、昨年11月にGenetic Information Nondiscrimination Actという法律も施行されました。科学技術の進歩に伴い遺伝子検査も手軽になりつつあり、自分の遺伝子を検査してもらう人は増加しています。そうしたハイテク社会を反映し、遺伝子情報を基にした差別を法で禁じたわけです。

Pamelaさんは本当に癌になるリスクが高いという理由で解雇されたのでしょうか?それとも彼女の業務遂行能力が実際に低下した、もしくは彼女以上の能力の持ち主が見つかったためにリストラされたのでしょうか?もし後者が事実であればPamelaさんは一種のクレーマーということになります。訴訟社会のアメリカで訴訟の種がまた一つ増えただけ、という見方もできます。今後どうなるか興味深いです。

尚、人事コンサルティングの専門家は、健康に問題が生じた場合、具体的な病名など詳細は告げない(雇用者)、尋ねない(雇用主)が一番だと言っています。

Elsaさんの記事はこちら、Pamelaさんの記事はこちら、BRCA遺伝子変異についての情報はこちらをご覧下さい。
posted by leo at 17:18| Comment(6) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

免疫を解き放つ薬

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今週は木曜日までheat wave(熱波)の襲来で茹だるような暑さでした。ニューヨークやフィラデルフィアでは気温が38〜39℃まで上がったそうです。カナダ、オンタリオ州は少しましでしたが連日33℃というのは記録的です。(ちなみに昨年はひと夏を通じて30℃以上は2日だけでした。)ようやく気団が動いて平年並みに戻り、暑いのが苦手の私はほっとしています。

あまりにも暑いと昼間、屋外に出る気もおきませんが、基本的にカナディアンはアウトドアが大好きで、女性でも日焼け、しみ、そばかすなどをあまり気にかけていない人が多いように見えます。日光にあたるとビタミンDを生成できるので、過剰なまでに日焼けを恐れるのはどうかと思いますが、日光浴も度が過ぎるとメラノーマのリスクが上がるので、そちらの方が顔のしみよりよっぽど深刻です。

メラノーマは白人の人に多く、実は職場にもメラノーマになった人がいます。幸い早期に発見されたので再発することもなく元気で仕事をしていらっしゃいます。手術のみで再発予防の化学療法はなかったとおっしゃっていたので羨ましい話だと思いましたが、調べたらキモをしないのはキモが効きにくいタイプの癌だからのようでした。そのため転移したメラノーマは、現代医学の力では治すどころか延命することさえ難しい状態なのだそうです。

そんな進行メラノーマの治療に新薬が登場しました。(前振りが長いってつっこまないでね。)Ipilimumabという名前で、先月のASCO総会で最も話題になった薬の一つだったと記憶しています。発表されたのはフェーズ3の臨床試験で世界13カ国から約670名(ステージIII、IV、手術による切除不可能なメラノーマ)の方が参加され、Ipilimumabとペプチドワクチンの効き目を比較したものです。Ipilimumabは単剤でもワクチンと併用でも、ワクチンだけのグループより生存期間(OS)が約4ヶ月長い(10ヶ月 vs 6.4ヶ月)という結果でした。たかが4ヶ月と思う人もいるかもしれませんが、この4ヶ月は、例えばアバスチンが卵巣がんの無進行期間(PFS)を4ヶ月延ばしたのとは異なり、ささやかではあっても真の延命効果を示す重みのある数字です。しかも他には有効な治療法がない患者群に対してです。治療後1年間生存された方の比率もIpilimumabは46%、ペプチドワクチンは25%と倍近く、「(進行メラノーマ治療の)長く暗いトンネルの出口に光が見えてきた」と評されています。ただ奏効率が低い(10.9%)ので、今後は他の薬と組み合わせて奏効率を上げるのが課題だそうです。

Ipilimumabのニュースを聞いて心に浮かんだことが幾つかあります。

1.薬で免疫強化
Ipilimumabは名前から察せられる通り分子標的薬です。リンパ球の細胞傷害性T細胞の表面にあるCTLA-4という抗原をターゲットにしています。CTLA-4はキラーT細胞のブレーキ役を担っており、これを利くかなくしてキラーT細胞に思う存分暴れてもらうのが狙いです。リンパ球やら樹状細胞やらを培養、強化して体内に戻すアプローチに比べ、何やら手っ取り早そうに思えます。

免疫療法というと補完医療または実験段階の治療法のようなイメージが強いですが、化学療法の枠内でもインターロイキン(IL2)のように昔から使われている薬はあります。誰もが薬で免疫を強化できたらさぞ便利でしょうが現実はそう甘くないです。IL2の効果は限られておりメラノーマや腎細胞がんなどに細々と用いられているだけようです。

普通の殺細胞系抗がん剤が効かない種類の癌は、その埋め合わせで免疫治療の効果が出やすいでしょうか?まあそれは素人考えですが、Ipilimumabの研究がメラノーマを中心に行われているのは事実です。メラノーマ以外で有望視されているのは前立腺がん。手の施しようがないと思われていた前立腺がんが、Ipilimumabとホルモン療法の併用で手術可能なレベルまで縮小したケースが報告されています。肺がんや膵臓がんに対しても治験を行っており今後研究対象が広がるかもしれません。またIpilimumabの成功により、製薬会社の免疫療法に対する興味が高まり、柳の下のどじょうを狙って免疫を活性化する薬の開発に拍車がかかるのではと期待しています。

2.副作用が強い
分子標的薬で、しかも免疫を強くする薬なら身体に優しいのかと思ったら大間違いです。そもそも免疫はウイルスやバクテリアといった外からの侵入者を駆逐するのが主な仕事で、身内の反逆者である癌が放置されているのは自己防衛の裏返しのようなものだと思います。その留め金をIpilimumabが外してしまうので、T細胞は癌細胞だけでなく正常な組織にもダメージを与えてしまうのです。普通の抗がん剤が正常な細胞を傷つけるのとメカニズムは全く違いますが、癌だけ狙い撃ちにするのがいかに難しいかを思い知らされるようです。

一番多い副作用は下痢で、上記のフェーズ3治験では27〜31%の人に症状が表れました。ステロイドの使用でコントロール可能と言っていますが、かなり激しい下痢のようです。有害事象で亡くなられた方は14名(2%)。まあ薬の治験で死者が出るのは珍しくないのですが、他の治験と比べて犠牲者が多いなという印象を受けました。これって許容範囲なんでしょうね… リスクの無い治療法では大きな効果は望めないということなのかもしれません。複雑な心境です。

もし自分が…
    癌が進行、転移していてもう助かる見込みはない。
    他に有効な治療法が無い。
    副作用は強めである。
    奏効率は低めである。
    しかし当たれば3塁打になる。
という状況にあったら新しい薬にチャレンジしたいと思うでしょうか。難しい質問ですが、多分…私はYESだと思います。

3.待っている期間
治験の結果を受け、アメリカのFDAは進行メラノーマ治療におけるIpilimumabの使用認可を迅速に下す見込みです。とはいえ政府の手続きには何ヶ月もかかります。その期間中、Ipilimumabを試すチャンス無しで患者さんが旅立って行くのを放っておくのは人道上問題があります。そこで製薬会社(Bristol-Myers Squibb)がスポンサーとなってCompassionate Use Trialという特別配慮の臨床試験を立ち上げ、その枠内で未承認のIpilimumabを使えるようにしました。臨床試験なので参加者の費用負担はない(?)と想像しますが、だとしたら本当に大盤振る舞いですね。少しは政府が払うのでしょうか?製薬会社にしたらこれも投資の一部なのかもしれませんが、どんな意図があるとしても患者にとっては喜ばしい救済措置だと言えます。

全ての新薬承認過程で同じことを期待するのはさすがに無理でしょう。特例が設けられるには、それなりの倫理的理由、医学的背景があってこそ。それを理解する必要性を強調した上で、状況に応じて対応を変える柔軟性は癌治療全体の向上に欠かせないと考えます。

それにしても、分子標的薬の一般名ってどうしてこう舌を噛みそうな、発音の難しい名前ばかりなんでしょうか。早くキャッチーな商品名をつけてほしいです。
posted by leo at 16:05| Comment(0) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月02日

ポジティブの嘘

バーバラ・エーレンライク(Barbara Ehrenreich)はアメリカのノンフィクション・ライターです。著作には社会、経済問題を扱ったものが多く、日本語に翻訳されている作品も幾つかあります。著作活動以外では、フェミニスト、民主社会主義者として長年にわたり市民運動に深く係わってきました。エーレンライクさんの最新作、「ポジティブ病の国、アメリカ」(Bright-sided: How the Relentless Promotion of Positive Thinking Has Undermined America)は、アメリカ独特の過剰なポジティブ思考に対する鋭い批判で、別に癌が主題ではありませんが、ご自身が乳がんを患った際の体験が出発点になっています。作中、ポジティブな思考、姿勢は癌の治癒に無関係、と辛らつに釘を刺していますが、ここで言うポジティブはアメリカ独特のドグマ的、無理やり的なポジティブさを指しており、自分の予後に対して根拠もないのに悲観的になったり、落ち込んだりしろと言っている訳ではありません。

私がゴチャゴチャ書くより、ご本人が直接語っている動画を見つけましたので添付します。興味のある方はご覧下さい。(音量注意)埋め込みが機能しない場合はこちらのリンクをお使い下さい。



エーレンライクさんは70年代に盛んだったWomen’s Health Movementの一員でした。Women’s Health Movementは、いわゆるウーマンリブ(死語?)の一環として立ち上げられ、女性の身体について女性自身が知識を深め、女性の健康管理には女性が主導権を握ろう、という運動らしいです。活動内容は幅広く一口で説明するのは不可能ですが、例を挙げると、それ以前は投薬を含め医療処置の内容について詳しい説明がなされず、女性は何も知らずに医師の指示に従うだけでした。そのため身体に負担が大きかったり弊害のある治療法がまかり通っていたのが、Women’s Health Movementをきっかけに改善に向かいました。また当時は乳がんの治療というと全乳房切除、それもハルステッド法という生涯後遺症の残る手術法が標準治療でした。組織検査から手術まで麻酔からさめることもなく一気に行われ、患者への意思確認もなく選択の自由も与えられませんでした。これに抗議したのもWomen’s Health Movementだったそうです。

そうした経験を積んできたエーレンライクさんにとって、うわべの明るさや元気のよさばかり追い求める現代のポジティブ思考は、胡散臭く感じられるのかもしれません。ピンクリボン運動のちゃらちゃらした雰囲気に馴染めないのも当然かと思います。ただ女性にも色々な人がいますから、ピンクのテディベアやスリッパが好きな人やキモ中のメーク教室に行くのが本当に楽しい人だって存在するでしょう。そういう意味で、患者サポートは硬軟両方のアプローチが必要なのかと思います。

エーレンライクさんは非常に現実的な人なので、希望や奇跡といったあやふやなオプティミズムよりも、治療法改善の要求といった具体的な行動に意義を感じているよう見受けられます。キモセラピーについては、確かに文句も言わずに笑顔で受けている人が多いけど、本音ではどうなんだろうと私も疑っています。文句を言っても仕方がないという諦めから、「副作用は大したことないの(ホントはあるけど)」と言っている人も多いような気がします。もっと患者が怒ったら副作用軽減に力をいれた、患者本位のがん研究が進むのかもしれません。お祭りムードのチャリティーウォークに参加するのは止め、弾幕を掲げて癌センター前で抗議デモをするべき時が来たのかもしれません。(笑)

最後に比較用としてもう一つ動画を添付します。エーレンライクさんと対照的に、アメリカのポジティブ思考を絵に描いたような癌サバイバーのフラン・ドレシャー(Fran Drescher)さんです。子宮体がんを克服したドレシャーさんはTVタレントで、現在は子宮体がん認識向上運動などのチャリティーに積極的に参加しています。インタビューはアメリカの人気番組The Oprah Winfrey Showの一部で、主流派のアメリカ人にとって「正にこうあるべき」といった内容です。癌は贈り物だと言っています。(画像が見られない人はここをクリックして下さい。)


posted by leo at 13:07| Comment(4) | 日々の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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