2010年09月24日

アバスチンと乳がん

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秋分の日を過ぎめっきり日が短くなり気温も下がりました。短かったカナダの夏を懐かしく思い出しながら秋本番へとまっしぐらの日々です。夏の間はがんの研究も夏休み…なのかどうかは知りませんが、新しい薬や治療法のニュースを久しく耳にしていないような気がします。唯一興味をそそられたのは、乳がん治療におけるアバスチンの旗色が悪くなり、米国FDA(食品医薬品局)から使用認可を取り消されるかもしれない、という何ともパッとしない話題くらいでした。

アバスチンと言えば卵巣がん患者にとっても今後が気になる薬ですが、乳がんに対する有効性問題が、卵巣がんへの適応の是非を判断する際に直接影響を及ぼすとは思えません。がんは200種類以上あると言われ(数はうろ覚えですが)、治療法も効く薬も微妙に異なります。従って、隣のAさん(違う癌)が使っている薬だから私も使いたいという理屈は通らないようです。それぞれの種類の癌について効果があるかどうか、効果があるのは進行している場合なのか、初期治療なのか、再発用なのか等、細かくシチュエーションを分けて臨床試験を実施し、その結果で個別に認可が下りたり下りなかったりします。逆に言えば、Aさんの癌に効かない薬でも自分の癌に効くことが統計的に証明されれば、いずれは使えるようになります。

乳がんの話に戻り、どうしてアバスチンの使用が黄色信号になったかと言うと、要するに「効き目が今ひとつ」だからのようです。

米国でアバスチンの乳がんへの使用が迅速承認されたのは2008年2月のことです。HER2陰性で進行、局所転移した乳がん治療のファーストラインとしてパクリタキセルと併用することにより、PFS(無進行期間)を著しく延長するという治験結果に基づく決定でした。E2100と呼ばれるこの治験には約700名の方が参加され、PFSはタキ単剤:5.8ヶ月、タキ+アバ併用:11.3ヶ月。奏効率は単剤:22.2%、併用:49.8% 、とアバスチン(10mg/kg)を加えることで効果がほぼ倍増。アバスチンの力を知らしめるような見事な数字でした。しかし治験結果にOS(全生存期間)のデータは含まれておらず、FDAは製薬会社に対して薬効を証明する追加資料を後日提出することを要請し、迅速承認の条件としました。

アバスチンの乳がんへの有効性は、更に2つの治験(どちらもHER2陰性、進行乳がん対象)に於いて検証されました。一つ目はAVADOと呼ばれるトライアルで、ドセタキセル単剤とアバスチンとの併用とで効果を比較しました。併用グループはアバスチン低量(7.5mg/kg)と高量(15mg/kg)の2つ作り、三つ巴で競わせました。結果は、PFSがドセタキセル単剤(+プラセボ):8ヶ月、アバスチン低との併用:8.7ヶ月、アバスチン高との併用:8.8ヶ月でした。それぞれの奏効率は44%、55%、63%、とE2100の結果と食い違ってはいないものの、リードの幅がかなり縮まってしまったのは素人目にも明らかです。もう一つはRIBBON-1と呼ばれ、タキサン系以外の抗がん剤と組み合わせて相性を見るトライアルでした。@ゼローダのみ(+プラセボ)、Aゼローダ+アバスチン、Bタキサン系もしくはアントラサイクリン系(CA、FECなど)の抗がん剤のみ(+プラセボ)、Cタキ/アントラ+アバスチンとグループ分けされました。ゼローダについては、アバスチンを加えることでPFSが6.2ヶ月から9.8ヶ月にアップ。タキ/アントラはPFSが8.3ヶ月が10.7ヶ月にアップ。奏効率は、どの抗がん剤でもアバスチンを併用したグループの方がプラセボのグループより12〜13%くらい高いという結果でした。

PFSと奏効率だけ見れば、程度の違いはあれ3つの治験共アバスチンの効果を示しています。ところが決定打となる筈の生存期間は、いずれの治験でも有意な差が出ませんでした。また、3つも似たような治験をやったのに、参加者のQOLに関する詳しいデータが欠けています。アバスチンには殺細胞系の抗がん剤のように過半数の患者が不快に感じるような副作用はありませんが、稀に重篤な副作用が起こることが知られています。つまり、PFSや奏効率は上がったものの、延命効果に乏しく、QOLが改善したという証拠も無く、有害事象のリスクは増加したわけです。しかもPFSの延長は2008年の迅速承認時のデータほど大幅ではなく、臨床上本当に意味があるのかどうか解釈が微妙な状況となってしまいました。FDAの諮問委員会は、これらの情報を考慮した上で決を取り、12対1でアバスチンの乳がんへの使用認可の取り消しを推奨したのです。

この件に関しては患者の側も医師の側も意見が分かれています。諮問委員会に患者代表として参加したNatalie Compagni Portisさんは、患者に希望を与えることは重要だが「確証のない希望を差し出すのは無責任」と発言されたそうです。一方FDAにはアバスチンの認可継続を求める6500人の署名が送られました。米国の乳がんサポート団体の中でも、Susan G. Komen For the Cureはアバスチンの認可取り消しに反対、National Breast Cancer Coalitionは賛成(迅速承認されたのが間違いだったという見方)という立場を取っています。臨床現場でアバスチンを乳がん治療に積極使用している腫瘍内科医は、当然ながら選択肢を減らしたくないという意見が多いようです。少数であってもアバスチンが威力を発揮して、何年も癌の動きを封じ込めている症例が存在すると主張しています。しかし他の種類の癌、例えば肺がんなどを治療している腫瘍内科医からは、肺がんの治療薬は生存期間の延長が証明されない限り認可されない実情と比較し、薬の承認基準が癌の種類によって異なるのは如何なものかと疑問を投げかける声が上がっています。

認可取り消しか否かの結論は9月17日に下される予定でしたが、3ヶ月延長され12月17日がデッドラインとなりました。この3ヶ月について、製薬会社側の説明によると、AVADO、RIBBON-1の結果を基に、パクリタキセル以外の抗がん剤との併用にも適応されるよう追加申請を提出してあるので、その審査期間ということです。しかし諮問機関の推奨はとっくに出ているのにFDAが何故決定を先送りしているのか、本当の理由について様々な憶測が飛んでいます。実は米国では11月に中間選挙があるので、今アバスチンの乳がんへの認可を取り消したら、オバマ大統領のヘルスケア改革に反対する保守派によるオバマ叩きの材料になりかねません。8人に1人の女性が乳がんになるアメリカで、乳がん有権者を選挙前に刺激するようなことは避けたい、という意図があってもおかしくないと思います。

さて、乳がんのアバスチン論争は卵巣がんには直接関係ないと書きましたが、間接的には気になる問題もあります。その筆頭は「PFS(無進行期間)は延ばすがOS(全生存期間)の延長には貢献しない」という、アバスチンの七不思議が卵巣がんにも当てはまる可能性が十分あることです。この弱点に関しては、現在アバスチンを使っている卵巣がん患者の間でも口コミのレベルで広がっています。アバスチン後の癌はアバスチン前より凶暴性を増し猛威を振るう。アバスチンを止めると堰を切ったように血管が新生され癌が強大化する。など仮説の域を出ませんが、不安感を抱く人もチラホラ現れました。大腸がんや非小細胞肺がんの治療に於いてはPFSもOSも延長されているのに、何故同じことが乳がん(や卵巣がん)に起きないのか、研究者も首をかしげているそうです。癌の種類が変わると薬効が異なるとはこの事なのでしょうか。

さらに、もしFDAが生存期間が延長されないことを理由にアバスチンの乳がんへの使用認可を取り消したら、将来他の薬の承認審査が厳しくなることも有り得ます。2006年にジェムザールが卵巣がんに対して承認された際は、PFSの延長だけが根拠だったため(OSは変わらず)諮問委員会から大反対された経緯があります。次はそう甘くないかもしれません。もっとも僅かな効き目のために高額な薬を次々と承認するのも考え物ですが… 使える薬が増えるほど長く生きられるという定説が、単なる神話なのか、真実なのか、よくわからなくなってきました。

情報ソース:NCI Cancer Bulletin(7月27日付)Medscape Medical News(7月21日付)Medscape Medical News(9月18日付)
個々の治験については本文中にリンクが付いています。
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2010年09月17日

統合するのは何のため

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統合医療というコンセプトが癌治療の分野に登場してもう大分経ちます。アメリカやカナダの大きな癌センターでは、程度の違いはあれ統合医療を取り入れている所が増えてきました。しかし統合医療という言葉のみが一人歩きして、その意図や具体的なアプローチについては、まだよく知られていない、或いは誤解されていることも多いように感じます。そうした疑問に答えてくれたのがSociety for Integrative Oncology(SIO/統合腫瘍学協会)のガイドラインでした。このガイドラインは、MDアンダーソン、スローンケタリング、UCSFのドクターをはじめ、各分野の専門家の共同作業により作成されており、北米に於ける統合医療の現状を理解する上で信頼の置けるソースです。

(前置き:以下の内容は癌治療に関連した統合医療に限っています。糖尿病、循環器系疾患、アレルギーなど他の分野の状況と混同されないようお願いします。)

まず、ガイドラインの中で明確にされているのはAlternative Medicine(代替医療)とComplementary Medicine(補完医療)の違いです。この2つは名称だけでなく中身も異なるのです。

代替医療は「西洋の標準的な医療の代わり」に用いられる治療方法で、その効果については科学的に証明されていないどころか、科学的根拠が全く無かったり、科学的に否定されていたりします。一方、補完医療は西洋医学の枠にはまらず、手術や投薬以外のアプローチを用いながらも、ある程度は効果が確認されている療法を指します。補完医療は現代西洋医療との併用により、副作用や精神的ストレスの軽減などを通じてQOLの向上に貢献します。

平たく言うと、正統派の西洋医学に属さない治療方法を、標準治療と相容れないもの(取って代わろうとするもの)と、標準治療を脇役として補うもの(足を引っ張らないもの)に分けて後者のみを統合しようというのが、アメリカ、カナダにおける統合医療の実情なのです。もっと砕けた言い方をすると前者は不審者、後者は子分の扱いです。

さて、統計によると癌患者の過半数は何らかの補完・代替療法を試しているそうです。ガイドラインはその理由を次のように分析しています。
●西洋医療の医師や病院(態度やシステム)に対する苛立ちや副作用への恐怖感。
●患者が受動的な立場におかれる標準治療に比べ、補完・代替療法は「自分で自分の健康の為に何かしている」という張り合いを感じる。
●代替療法は治癒に対して肯定的で希望を与えてくれる。
●周囲の人間の勧め。
●奇跡への期待。
さすがに的を得てますね。癌患者が補完・代替療法に興味を示す傾向は世界共通だそうです。

ガイドラインで取り上げられている補完療法はヨガ、太極拳、マッサージ、鍼など沢山あります。こうした療法はエビデンスに乏しいと言われていますが全く無い訳でもないようです。ガイドラインの作成者は、過去の研究結果を丹念に、科学的に検証した上で、統合の仕方について奨励点を纏めています。(対象は癌の臨床医です。)

@基本的な取り組みについては、医師は面談の際、補完・代替療法を行っているかどうかを患者に質問するべき。また、患者が補完療法を正しく理解し現実的な期待を持つよう、各療法の長所と短所について、専門的知識を有する者から指導を受ける場を設けることが勧められています。

A不安感、動揺、慢性的な痛みを軽減しQOLの向上に役立つとして勧められているのは、心と身体系の療法(ヨガ、太極拳、瞑想、リラクゼーション等)、及びグループサポート、自己表現系の療法、(心理学者による)認知行動療法、認知行動ストレス管理法です。

Bマッサージ系療法(マッサージ、指圧、リフレクソロジー、アロマセラピーなど)も、不安感や痛みの軽減目的で用いられるならOKだそうです。アロマセラピーなんてスパみたいですが、欧米では補完療法として人気なんですよ。

Cエネルギー系の療法(気功、レイキなど)は安全と見なされており、ストレスを減らしQOLの向上に役立つことも(時には)有るとされています。しかし、痛みや疲労感といった症状の軽減効果についてはエビデンスに欠けると指摘されています。

D補完療法の中で常に評価の高い鍼治療は、痛みや化学療法による吐き気、放射線治療による口腔乾燥症を緩和する為に、補完的に用いることが勧められています。エビデンス不足ながらも、場合によっては可なのがホットフラッシュ、癌による呼吸困難や疲労感、抗がん剤による神経障害などの緩和、及び禁煙の補助だそうです。

E基礎となる健康の促進にプラスになるとして勧められているのが、運動とバランスの取れた正しい食生活です。(当たり前ですよね。)特定の食事療法については触れられておらず、食生活についての相談相手は栄養士を勧めています。

Fガイドラインの中で最も問題視されているのはサプリメントの使用です。アメリカやカナダで多用されているビタミンやミネラル剤については、それらに頼りすぎず、必要な栄養素は食事から摂るよう勧めています。これも当たり前に聞こえるでしょうが、とにかく野菜嫌いの人が多く子供でもビタミン剤を飲む土地柄なので、改善の余地が大ありなのです。

Gそれから「現時点では癌予防効果の認められるサプリメントは無い」と明言しています。

Hさらに、患者のサプリメント使用状況について、医師は治療開始前に把握すべきとしています。植物系のサプリメント(漢方含む)や高ドーズのビタミン、ミネラル剤は、副作用および治療薬との相互作用がないかの判断を要します。マイナスの相互作用を起こしそうなサプリメントは、化学治療、放射線治療、免疫治療中は避けるよう指導しなければなりません。栄養補助としてではなく、抗腫瘍効果を期待してサプリメントの使用を望む患者には、専門的知識を有する者と相談するよう計らい、現実的に期待できる効果、恩恵やリスクについて正しい情報を与えるよう努めよ、と勧めています。

医師が好む好まぬに係わらず、患者は代替・補完医療に興味を持つ。であれば、その点についても積極的に話し合い、患者の自主性を尊重しながら害にならない療法へ導く、というのが統合医療に於ける医師の姿勢のようです。そして様々な療法の良し悪しは、やはりエビデンスで判断しています。(苦笑)西洋医療はどこまで行っても西洋医療。西洋医療以外の療法の評価も西洋医療の視点から行います。

ところで、ご存知の方も多いと思いますが、補完・代替医療のガイドブックは日本にもあります。こちらは患者向けで大変良く出来ています。特に「補完代替医療を利用する前に確認すべきこと」という章は、実用的で利用価値大だと思います。ただアメリカのガイドラインとの相違点も明らかです。例えば、日本版では「補完医療と代替医療は区別されていない」と記されています。(情報が古いせいかしら?)上記の通り、現在アメリカ、カナダ、イギリスなどの国では補完と代替はしっかり区別されています。一般人のレベルでは混同する人もいるでしょうが、医師は違いを理解しています。もう一つ気になったのは、日本版の資料によると、日本では「がんの進行抑制」の為に代替医療を利用している人が67.1%、「治療」が目的の人が44.5%もいるそうです。西洋の医師が聞いたらキゼツしそうな数字ですが、日本のガイドブックでは淡々と、あたかも国民性の違いか何かのように記述してありました。日本は西洋医学が主流とは言え、漢方薬が通常医療の一部となっていることもあり、伝統的に代替医療に対して肯定的なのかもしれませんね。それが良いことなのか悪いことなのかは、私には何とも言えません。

尚、北米版のガイドラインの内容について賛同しかねるという方もいらっしゃるかもしれませんが、コメント欄で長々と反論を繰り広げるのはご遠慮下さい。私の意図は、アメリカやカナダの状況はこうなんですよ〜という情報提供であり、特定の代替療法を信じて実行していらっしゃる方を否定する気はさらさらありませんので、どうかお気を悪くなさらないで下さいね。

Society for Integrative Oncologyのガイドラインのダウンロードはこちらから。
日本補完代替医療学会のガイドブックのダウンロードはこちらから。
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2010年09月10日

思春期の悩み

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子宮頸がん予防のためのHPVワクチンが登場したのは4年ほど前のことです。ワクチン適用の年齢枠から大きく外れている上、娘や姪もいないので深く考えたことはありませんでした。ただ、母が昔子宮頸がんになったことと自分が卵巣がんになったことから、予防ワクチンは朗報と単純に解釈していました。しかし年頃の女の子を持つ親御さんの心境はもっと複雑のようです。

ご存知の通り、子宮頸がんの原因となっているのはヒトパピローマウイルス(HPV)です。ヒトパピローマウイルスは100種類以上もあり感染は身体の表面で起こります。その内の約40%は粘膜におおわれた部分(口、生殖器、排泄器など)、残りは手足の表面などで感染を起こし、後者は感染しても単なるイボが出来るだけで全く心配する必要はありません。粘膜部分で感染するウイルス群はさらに発ガンに関与するハイリスクと害の無いローリスクに分けられ、ハイリスクのHPVは15種類くらいと言われています。最も代表的なハイリスクHPVが16型と18型で、子宮頸がんの3分の2はこの2つのタイプに起因しているそうです。

現在市販されているHPVワクチンは2種類(GardasilとCervarix)あり、国によってどちらか片方または両方とも認可されています。いずれもHPV16型と18型をターゲットにしており、Gardasilの方は6型と11型という2種類のローリスクHPVにも効き目があります。ワクチンの目的は子宮頸がんになるリスクの大幅な軽減であり、リスクがゼロになると誤解しないことが大切です。ワクチン導入後もPAP検診の必要性は変わりません。

HPVワクチンの是非を考える上で最も重要なのはワクチンの有効性です。ワクチンが16型と18型に対して抗体を作り、それが5年以上持続することはほぼ間違いないようです。しかし未だ不明な点もあります。ワクチン接種から10年後、20年後も効果が持続するのか。それともブースター(弱体化した獲得免疫を増幅するワクチン)が必要になるのか。治験参加者の長期経過観察は今も続いています。もっとも、ブースターが必要とわかれば製薬会社は大喜びで作るでしょうから(苦笑)、現時点でワクチンを接種される方は、将来追加の注射もあり得ると心に留めておくだけで十分のような気がします。判明するまで接種を控えていたら、待っている間に16型、18型に感染してワクチンの効かない身体になりかねません。

より根本的な疑問は、HPVワクチンが本当に子宮頸がんを減らすのかということです。「子宮頸がんの原因の70%はHPV16型と18型である→ワクチンを接種すれば16型と18型に免疫が出来る→子宮頸がんの70%は予防できる」という理論上の図式が現実にどの程度当てはまるのでしょうか。通常、HPV感染から組織の異形成、そして癌へと進行するのには年月を要します。ですから十分な年月が経つまでは、ワクチン接種と子宮頸がん罹患率との関係について正確な情報は得られないようです。ただ全くデータが無いという訳ではありません。例えば、HPVワクチンの臨床試験2件(1つは対象者が16〜24歳、もう1つは15〜26歳)の結果を用いて、異形成の発生率を比較分析した方がいらっしゃいます。その研究によると、3年間のフォローアップでHPVワクチンの接種を受けたグループはプラセボ・グループより、子宮頸がんの前がん病変が17〜20%少かったことがわかりました。病変の減少が期待されたほど大きくなかった理由として、16型、18型以外のハイリスクHPVによる病変の存在、及び治験参加者の年齢層が高く、既に16型、18型に感染している人が多数混ざっていたことが挙げられています。ワクチン接種はHPV16型、18型に感染する前、即ち性体験を持つ前に行うのが最も効果的なのは確かなようです。

そこで何歳の女の子なら初体験前なのかというデリケートな問題が浮上してきます。またHPVワクチンは他のワクチンと比べてお値段が高いので(375ドル)、費用を誰が負担するかと言う世知辛い問題も避けられません。これらの点に関するしては各国、地域で様々な結論に至っており興味深いです。例えば私の住んでいるカナダのオンタリオ州では、グレード8(13歳)の女子が校内のクリニックで接種を受ければ無料。それ以外の年齢(9歳以上26歳以下)の場合は自費となっています。お隣のケベック州では9〜17歳の女子は全て無料で接種を受けることができ、9歳の84%は既に接種済みと報告されています。

他の欧米諸国の状況は以下の通りです。
アメリカ 11〜12歳、保険の適用は個々のポリシーによる
イギリス 12〜13歳、無料校内集団接種 
フランス 14歳、費用の35%を自己負担
ドイツ 12〜17歳、無料
オーストラリア 主に12〜13歳、無料

娘にHPVワクチンを接種させるということは、その子の性の目覚めが近づいているという事実を親に認識させます。物事に開放的な西洋でも親心と言うのは基本的に同じ。寂しくもあり心配でもあり、戸惑いを感じる親御さんもいらっしゃいます。また保守系キリスト教の人達(大勢いる)は、貞節を重んじ性的関係を結ぶのは結婚相手のみ、という現実とは幾分かけ離れた理想を掲げているので、HPVワクチンがティーンエイジャーの奔放さを助長するのでは、と不信感を顕わにしています。

伝統的価値観とは別にワクチンの安全性について心配する声も聞きます。HPVワクチンに限らず医薬品というのは100%安全を保障することはできません。有害事象の発生する度合いや内容が許容範囲内であるか、リスクとメリットを量りにかけてどちらに傾くか等、じっくり考えて判断するしかないと思います。アメリカのCDC(Centers for Disease Control)によると、2010年5月31日までにGardasilの接種を受けたのは2,950万人。16,140件の有害事象が報告されています。これは0.056%に当たります。しかも報告された有害事象の92%は軽症(注射をした箇所の腫れや痛み、眩暈、頭痛、吐き気、発熱)でした。29件の死亡例も確認されましたが、死因を調べたところ既往症(糖尿病、心臓疾患、感染症、麻薬中毒など)のあるケースが大半を占めました。イギリスでもワクチン接種直後に亡くなった女の子がいて一時期大騒ぎになりましたが、死後解剖の結果なんと肺と心臓に大きな悪性腫瘍があったことがわかり一件落着しました。これらの数字を見る限りHPVワクチンの危険性がとりたてて高いという印象は受けません。

人間の心理とはおかしなもので、一度がんと診断されたら大きな副作用があることを承知で治療を受けます。CTひとつ撮るにも、放射線被爆はもとより造影剤へのアレルギー・ショックのリスクも受け入れざるを得ません。「稀な有害事象としてアナフィラキシーが起こることがあり、亡くなった人もいます」という説明をご丁寧に毎回聞かされます。子宮頸がんはPAP検査で早期発見すれば完治することの多い病気です。それでも「異形成の疑いがあります」と告げられた女性がどんなに不安な気持ちになるか、想像に難くありません。円錐切除手術も、開腹手術ほどではないにしろ身体に負担がかかります。そういう辛い経験をする女性の数を多少なりとも減らせることを考えると、HPVワクチンの意義は十分あるように思えるのですが、どうでしょうか。

ところでHPVワクチンを接種すると不妊症になるという説があるようですが、これは間違いなくデマです。デマの根拠はワクチンが微量のポリソルベート80を含んでいるからのようです。ポリソルベート80は化粧品の原料として用いられるだけでなく、乳化剤として食品添加物としても認可されています。ワクチンに含まれているよりずっと多い量が食べ物(アイスクリーム、ソース類、マヨネーズ、ケチャップ、漬物etc)として体内に入ってきて、それでも異常は起きません。不妊の原因となるには、毎日1キロ以上のポリソルベート80を摂取し続けなければならず、どう考えても不可能かと思います。

主なソース:American Cancer Society (HPV Vaccines FAQ)、New England Journal of Medicine (HVC Vaccination - More Answers, More Questions)、Centers for Disease Control and Prevention (Vaccine Safety)
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2010年09月03日

ステージIV宣言

俳優のマイケル・ダグラスさんが癌になったというニュースは日本でも報道されたと思います。一昨日、ダグラスさんは「Late Show with David Letterman」 というテレビ番組に出演し、癌が見つかった経緯や現在の治療について自ら語りました。David Letterman Showは、毎日違うセレブリティがゲスト出演し司会のレターマン氏と楽しくお喋りする趣向で、視聴率の高い人気番組です。今月公開される新作映画「Wall Street: Money Never Sleeps」のプロモーションの為の出演だったようですが、癌であることがつい最近判明したばかりなので、病気絡みの話題が大部分を占めました。



(埋め込みが機能していない場合はこのリンクをお使い下さい。)

ダグラスさんの癌はステージIVだそうです。ユーモアを交えて実にサラッと告白されました。癌のステージの話をした後に、「喉の癌があるようには(声が)聞こえませんね」と言われて、「だってステージの上だもの」とジョークで返すほどの余裕を見せました。大スターの貫禄十分なだけでなく、かなり精神的に強い方という印象を受けました。また、ステージIVでありながらも「治る確率は80%」と力強い発言をされました。

ダグラスさんの癌は喉の癌です。具体的な病名は明かにされていませんが、腫瘍の位置が舌の付け根部分らしいことから、咽頭がんである可能性が高いと医療情報サイトでは分析しています。治る確率に関しては、咽頭がんはステージIVがA、B、Cと3段階に分かれており、ステージIV-Aであれば、担当医が80%と判断してもおかしくない、という専門家の見方を紹介しています。この80%が、治療が奏効する確率なのか、完全寛解する確率なのか、5年生存率なのか…それははっきりしません。ただそういう細かい点は、治療を開始したばかりのダグラスさんにとって重要ではないのだと思います。

この人は頭の良い方だと感じたのは、ダグラスさんがステージIVというマイナス面にはあまりこだわらないようにしている姿勢です。担当医から、首から上の癌は首より下(胴体部)に転移することが稀である、という説明を受けたらしく、そのプラス面に気持ちを集中させ望みをかけていらっしゃる様子が伺えました。ただ厳しい見方をすれば、首から上であってもリンパ節に転移していれば、後々癌がどこから顔を出すかわかったものではありません。初めから化学療法を併用しているということ自体、治療は局所ではなく全身を考慮に入れていることを示しているのだと思います。それも理解された上で、意識的に楽観視していらっしゃるのかもしれません。

ダグラスさんは既に一回目の放射線と化学療法を受けています。治療は毎週で8週間続く予定です。楽な道のりとは言い難く、「抗がん剤の吐き気は思ったより辛い」と話していました。(咽頭がんはシスプラチンがメインのお薬らしいです。)放射線も回が進むにつれ重い嚥下障害を伴ったり、唾液腺を破壊したりと有害事象が山積みです。これから予想される困難を淡々と語りながらも、ダグラスさんはこれらの治療が腫瘍を片付け、手術を回避できることを期待されているようでした。ステージIVの癌が手術もしないで治せるのかと私は半信半疑ですが、手術をすると声が出なくなってしまうことも有り得ます。職業柄手術に乗り気でないのは無理も無いことでしょう。

話が前後しますが、癌発見の経緯に関しては問題もありました。喉の痛みが続き診察して貰ったのが今年の夏の初め頃。その時点では検査結果に異常なし。そして8月半ば再度病院に行き、生体検査をしてやっと癌が見つかった…と同時にステージIVの診断。番組の中で「早期発見と言えるのか?」と質問され、「そう思いたいけど」と困った顔をして頭をかいたダグラスさん。「見つからないこともあるのさ」と達観していらっしゃるようです。一方奥様のキャサリン・ゼタ=ジョーンズさんは、1回目の検査で癌の兆候が見落とされたことに対して怒りを隠せません。癌というのは自覚症状が出る頃にはある程度進行しているケースが多いものです。ステージIVの癌が、仮に2ヶ月前に発見されていたとしたら…それでもステージIということはないですよね。どちらにしてもステージIVだったのか、早く見つかっていればステージIIIだったのか。憶測したところで今さらどうにもなりません。奥様が怒るのももっともですが、誰かを責めたところで病気が良くなるわけでもないし、気持ちを切り替えて治療に専念する方が得策という気もします。

ともあれ、ダグラスさんの治療が成功して今後もハリウッドで活躍を続けられることを祈っています。ステージIVの癌が治れば他の癌患者にとっても大きな心の支えとなると思います。
posted by leo at 17:02| Comment(0) | 癌になったセレブリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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