2010年11月28日

再発治療の始め時

冷えるな〜と思っていたら夜の間に雪が舞っていたようです。道路に降った雪はさすがにすぐ溶けてしまいましたが、草地の上は白い粉をまぶしたような状態で昼間日が照っても消えません。今年は暖かかったので雪も例年よりは遅めです。

snow on branch.jpg

(ここから本題)
癌は再発しないのが一番です。でも、もし再発してしまったら治療はいつ始めるべきなのでしょうか。一刻も早く発見して、すぐさま癌を叩きたいと思っている人が多いのではないかと思います。ただ再発卵巣がんに関しては、治療開始が早すぎてもメリットがないという意見のドクターもいらっしゃるようです。もちろん個人差はあるでしょう。動きの早い癌、のんびりした癌。長い寛解の後再発した癌、短期間で再発した癌。答えは一つではないのかもしれません。

日本でもよく知られている医学雑誌「The Lancet」に、再発治療の開始を多少遅らせても生存期間に違いは出ない、という研究結果が発表されたのは10月初めのことです。この臨床試験はヨーロッパで1996年に始まり、約9年間に卵巣がんの患者さん1442名が参加しました。初期治療を終え経過観察に入った人達のCA125を3ヶ月に1回測定して、数値は臨床医にも患者にも伏せておくという方法を取りました。そしてCA125が正常値上限(多分35)の2倍以上に上昇した529名を無作為に2つのグループに分け、一方のグループでは速やかに再発治療開始。もう片方のグループでは症状が現れるまで無治療で経過観察を続けました。2つのグループの治療開始時期の差は4.8ヶ月。早期開始組はトータルで受けた化学治療の回数が遅延組より多く、サードラインの治療を始めた時期も4.6ヶ月早かったそうです。それでも再発後の全生存期間の中央値は、早期開始組が25.7ヶ月、遅延組が27.1ヶ月とほぼ同じ。この結果をふまえ、研究を担当したドクターは経過観察中のCA125測定の意義について疑問を投げかけています。

イギリスのDaily Mail紙に載った記事では、治療遅延を歓迎する患者さん、心配する患者さん、双方の意見が紹介されています。治療遅延を支持する理由は、体調がいいのに数値が上がっただけで治療を再開するとQOLが下がり、治療を受けるだけの人生になってしまうから、と個人的にかなり頷ける内容です。しかし、CA125が上昇すると間もなく腹水が溜まってお腹がパンパンになり苦しい思いをするので、それを待たずに先手を打って治療を始めてほしい、という意見の人もいました。やはり人それぞれのようですね。

さて、上記の研究結果に対して異議を唱える声が上がったのは、万事において積極的な攻めを好むアメリカだったのは自然の成り行きでしょう。反論の趣旨としては、臨床試験で治療に用いられたのはカーボプラチンやタキソールなど、ありきたりの抗がん剤ばかりで最新の分子標的薬、血管新生阻害薬が使われなかった。言い換えると、再発治療の開始時期で予後に違いが出なかったのは古臭い治療法のせいだ、と言いたいようです。暗にヨーロッパの癌治療はアメリカより遅れているとほのめかしている感じです。そればかりか、ヨーロッパのような公的な健康保険制度の下では、自由の国アメリカのようにあらゆる薬を試すことができないからだ、とそこまではっきりとは言いませんでしたが、チクチクと嫌味っぽく突いていました。

ちょっと感じ悪いですが、もしかしたら当たっている部分があるかもしれません。ただし、この反論を共作で執筆し「The Lancet」に投稿したアリゾナとミシガンの二人のドクターは、両方とも多数の製薬会社から研究資金、コンサルタント料、スピーチの謝礼など受け取っています。(「The Lancet」を含む欧米のきちんとした医学雑誌では、研究者や論文の著者と外部団体との金銭的な結びつきを公表するのがルールなので、こういう世知辛い事実もむきだしです。)

CA125が上がったの下がったのという話は、個人的にはどうでもいい…というか自分とは関係ないことのように感じ、一喜一憂したこともありません。何し私の場合、直径3cmくらいの癌が4つも5つも急成長していた時でさえCA125は上昇しなかったのです。現在もCTの画像には小粒が写っていますがCA125値は6。ひと月程前、試しに一応測ってみましたが注射のされ損でした。CA125値の上昇を治療開始の判断材料にするとしたら一生治療は受けなくてすみそうです。そういう意味ではCA125重視の意見の方が私にとって都合がいいような気がします。

(追加リンク:本文で取り上げたCA125と再発時期の臨床試験に関するもう一つ別の割と詳しい記事
posted by leo at 10:08| Comment(0) | 卵巣がんニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

乳がんブレスレット騒動

アクセス数を見ると、抗がん剤や治療法の海外での研究に関する真面目な投稿を読んで下さる方が多いようです。が、ここ最近忙しくきちんと調べる時間もないので、今日はトリビアの泉のような軽い小ネタで失礼させていただきます。

bracelet.jpg

写真のブレスレットは、The Keep A Breast FoundationというカリフォルニアのNPOがキャンペーン用に販売しているものです。この団体は、若い世代(主に10代)における乳がんの認識強化を目的としており、早期発見や罹患リスクの低減について理解を深めるよう啓蒙活動を行っています。相手がティーンエイジャーだからなのか、それとも団体を立ち上げた人の趣味なのかはわかりませんが、ノリがファンキーでヒッピー風であります。

で「i ♥ boobies!」と書かれたブレスレットですが、ゴム製で1個3.99ドル、6個入りパック22.99ドル。The Keep A Breast Foundation特約のオンラインストア等で売られており、中/高校生の間でなかなか人気を集めているようです。乳がんの認識を向上するために役に立つかどうかは疑問ですが、別に害はないと思いきや、実はこのブレスレットが物議を醸しているのです。

問題は「boobies」という言葉。日本語にするなら「おっぱい」という感じでしょうか。「breasts」即ち「胸」と言うのに比べると「boobies」はお下品な表現。(若い人は普通に使う言葉なんですけどね。)従って「i ♥ boobies!」を訳すと「おっぱい大好き!」になります。そのため、あちこちの学校で着用禁止となっているのだそうです。挑発的な表現は教育現場にそぐわない、というのが禁止にした学校側の言い分です。このブレスレットを着けていたために停学になった生徒もいるのだとか。アメリカの(カナダも同様ですが)ミドル/ハイスクールは制服のない所がほとんどで、日本と比べると校則もゆるいという印象がありますが意外と固い面もあるのです。

さらに驚いたことに、停学になったことを不服として学校を相手に訴訟を起こした人まで現れました。ペンシルバニア州の中学生、Kayla Martinezさん(12歳)とBrianna Hawkさん(13歳)は、学校の乳がん認識デーである10月28日に「i ♥ boobies!」のブレスレットを着けて登校しました。学校で禁止されてはいるものの両親の許可は得ていました。初めは一応シャツの袖で隠していたのですが、何せ中学生。昼食時には大っぴらにブレスレットが見える状態になっていました。そして風紀の先生に見つかり停学処分。そればかりか学校主催のダンスパーティーへの参加も禁じられてしまいました。

乳がん認識デーに乳がん認識向上を呼びかけるブレスレットを着用して処罰されるとは何事ぞ!と怒ったのは2人のお母さん達。American Civil Liberties Union (アメリカ自由人権協会)を通して、言論の自由の侵害を理由に学校側を訴えることにしました。

笑い話ではないんですよ。訴訟社会ですからね。因みにKaylaさんとBriannaさんにとってはダンスパーティーに行けないことが一番ショックだったらしく、裁判長が学校当局にパーティー参加を許可するよう命じてくれることを期待しています。

アメリカ、カナダでは女性8人に1人の割合で乳がんになります。中学生といっても家族、親類、近所の人、友達の家族といった身近な人間の誰かが乳がんになっている確率は少なくありません。また白人、黒人の子供は発育が早く13〜14歳で大人の体型に近づきます。昨年5月にはカリフォルニアで10歳の女の子が乳がんと診断される病例が報告されています。子宮頸がん同様、乳がんについても若いうちから正しい知識を身につけさせておくべきなのかもしれません。

ただ「i ♥ boobies!」キャンペーンについては、深刻な問題を単純化、矮小化しすぎている、と批判の声も上がっています。オープンに扱うことで一昔前の癌の暗いイメージが払拭され、癌になったことを恥じたり隠したりする人が減るのは良い傾向ですが、度が過ぎるのは考えものという事だと思います。このままエスカレートして「乳がんってセクシー!」などという、とんでもない勘違いがティーンエイジャーの間で広まらぬことを祈るばかりです。

(元にしたのはTIMEの記事です。)
posted by leo at 17:24| Comment(0) | 日々の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

コインの裏側

coins.jpg

2週間ほど前、従兄弟同士でメラノーマになった男性の話を書きました。一人は開発途中の新薬で日常生活に復帰できるほど回復し、もう一人は臨床比較試験で標準治療薬に当たってしまい新薬が使えず亡くなってしまうという悲劇についてでした。これはどちらかと言うと特殊なケースのように思います。何故かと言うと、他の癌と比較しても、進行/転移したメラノーマは普通の抗がん剤が非常に効きにくい上、件の新薬は特定の遺伝子変異を持った人だけに劇的な効果をもたらすタイプの薬だからです。

ともあれ治験/臨床試験の厳しい枠組みが、有望な新薬へのアクセスを時に難しくするというのは何か割り切れない感じがします。その一方で、臨床試験が済んでいない治療法(即ち薬効や安全性が不確か)を試験の枠外でバンバン使用することにも問題があるようです。

米デューク大学の研究者が先ごろ発表した調査によると、2006〜2008年の2年間に英語圏で行われたフェーズIIIの治験/臨床試験の内、63%は全く新しい実験薬ではなく既に他の癌の治療に使われている薬でした。加えて11%が治験中に他の癌の治療薬として承認されていました。わかりやすい例を挙げるなら、何年も前から大腸がんの標準治療の一部であるアバスチンを、卵巣がんに使用して効果を見るといった治験を指します。癌の種類や進行度、併用する薬が変われば薬の恩恵の度合いや有害事象も異なってくる可能性があり、当然チェックを要する訳です。

で、ここから先は主にアメリカでの状況になりますが、以前も何回か書いたように、薬を「off label」で使うという慣習が癌の治療現場でも広範囲で見られます。薬のラベルに記されている用途以外に使う、言い換えるとFDA(米国食品医薬品局)が承認していない用途に使ってしまうことです。アバスチンは卵巣がんに対しては実は未承認なのにもかかわらず、かなり前からoff labelで(治験の枠外)使用されており、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインにも既に含まれています。ジェムザールも承認が下る前からoff labelで卵巣がん患者に投与されていました。一説によるとアメリカの腫瘍内科医の80%以上はoff label薬を化学療法に取り入れることがあるそうです。民間の保険会社が主導権を握るアメリカ独特の健康保険制度においては、腫瘍内科医と個々の保険会社との交渉次第でoff labelの薬でも保険が適応されたりするのです。(自分の保険でカバーしてもらえない場合はあきらめ、保険を持っていない人は問題外です。)民間の保険会社は支払いが多くなったら保険料を引き上げて帳尻を合わせられるので、国や州の保険よりフレキシブルな対応ができるのでしょう。

と聞くと正直うらやましい感じもします。しかし上記のデューク大学の研究はoff labelの抗がん剤治療に対して警鐘を鳴らしているのです。調査によるとフェーズIIIの治験でも全生存期間の延長が見られたのは27%のみ。奏効率の上昇や無進行期間の延長といった何らかの臨床的な改善が見られたのは47%。つまり約半数は現行の治療法の方に劣っていたか、せいぜい同等の効果でしかなかったということを意味します。さらに66%の治験では、新しい薬を含むレジメンの方が、既存のレジメンよりもグレード3以上の副作用の出る割合が高いという結果でした。まあ大部分の治験/臨床試験は標準治療の強化を狙っていて、現行の組み合わせに新薬を付け加えたり、現行の薬の用量を増加したりしてトライアルにかけるので、副作用が多少強まるのは想定内なのかもしれません。悩みの種は、結果的に効果はあまり変わらず副作用だけ大きくなる失敗例も少なからず存在する、という悲しい現実でしょう。

off label薬を使う臨床医のほとんどは、それが患者にとってプラスになると信じて行っていると考えられます。患者も最新の治療法を受けられることを喜んでいるようです。だったらいいじゃないの…という気もしますが、客観的な統計上の数字が示すように、効果や安全性が証明されていない治療法は標準治療よりリスクが高め。治験/臨床試験の枠外だと、そのマイナス面を患者がどれだけ理解しているかわかりません。しかも治験と平行して同じ薬がoff labelで使用可能だと治験の参加者が集めにくくなり、いつまでたっても効果や安全性が証明されません。治験に入ってしまうと既存薬やプラセボに当たるかもしれないので、off labelで使えるならその方がいいと患者は思いますからね。

1990年代に、乳がんの新しい治療法として高用量の抗がん剤と幹細胞移植を組み合わせた療法が有望視されたことがあったそうです。米国では患者からの要望に応え、臨床試験が済まないうちに普通の治療のオプションに加えられました。一種のoff label治療です。おかげで臨床試験の方は遅れに遅れましたが、10年経ってついに臨床試験の結果が出ました。蓋を開けてみると、標準的な用量の化学療法と効果に違いがみられないことが判明し、一夜にしてすたれてしまったそうです。その10年間、試験の枠外でも多くの女性が「新療法」を受けて無駄に骨髄をボロボロにしました。off labelの危険性を如実に表すエピソードです。

ダナ・ファーバー癌研究所で医学倫理を専門とするDr. Steven Joffeは、off labelの抗がん剤を使用するか否かは最終的に臨床医と患者の間で決めること、と述べています。新しい薬が患者を救うために本当に必要であれば、それをoff labelで投与することは医師として間違ってはいないものの、現状では安易にoff label薬に走りすぎる傾向があり、真の必要度以上に乱用されていると釘を刺しています。

新しい薬、新しい治療法。特に癌が進行、再発した人にとっては魅力的です。効果への期待。副作用への不安。そして治験/臨床試験の重要性を頭で理解しながらも、それを飛び越して自由に試してみたいという気持ち。感情に流されるのは危険だが、規則でがんじがらめになるも不都合。この問題は医師にとっても患者にとっても本当に複雑だと思います。

(内容はロイターの記事を元にしてあります。)
posted by leo at 16:51| Comment(0) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

ロックンロール・ドクター

アメリカ、カナダそして多分イギリスやオーストラリアでも同様だと思いますが、一応ロックの本場ということでバンドを組んでいる人がやたら沢山います。それも若い人だけでなく、弁護士やビジネスマンといったロックのイメージからかけ離れたキャリアで活躍しながら、余暇にミュージシャンをやっている人も結構います。医師とて例外ではありません。

N.E.D.は癌の専門医、それも婦人科腫瘍医(Gynecologic Oncologist)が結成したロックバンドです。メンバー6名は全員、現役ばりばりの婦人科腫瘍医(主に外科)で、バンド活動はあくまでも副業ですが、昨年CDを出しプロモ用にこんな素敵な写真まで用意してあります。

NED.jpg

バンド名のN.E.D.はNo Evidence of Diseaseの略。日本の癌治療現場でも使われている用語らしいのでご存知の方も多いでしょう。「無病生存状態」、つまり画像診断で目に見える癌がゼロの状態を意味します。治療を終了した寛解中の人が、定期健診の時に一番聞きたい言葉だと思います。

バンドを始めたくらいですからメンバーのドクターは皆ロックが大好きなのだと思います。しかしバンドは遊びでやっているのではありません。音楽活動を通じて一般社会における婦人科癌の関心を高め知識を深めるのが目的です。バンドのホームページにも、卵巣がん、子宮頸がん、子宮内膜がん等について、病気の概要、リスク要因、症状、スクリーニング法などの情報を載せています。CDの売り上げは全てGynecologic Cancer Foundation(婦人科癌基金)に寄付されます。さらに9月の卵巣がん認識月間には各地のイベントをツアーして回るという力のいれよう。趣味と実益を兼ねるとは正にこの事ですね。

同じ女性の癌でも、婦人科の癌は乳がんと比べて認知度が低いです。勿論、乳がん患者さんの中には、派手でちゃらちゃらした感じのピンクリボン運動に疑問を感じていらっしゃる方も少なくないでしょう。しかし婦人科の癌になった人から見ると、あれだけ社会で注目されて、一般市民や協賛企業から桁違いの寄付金が集まり(欧米の話)豊富な研究資金の一部となっているのは羨ましい気がします。そもそも婦人科系の癌は下半身の癌なので、オープンに話すのが何か憚られるような感覚がつきまとっているのです。

婦人科腫瘍医のロックバンドは、そうした婦人科癌の地味なイメージを払拭し、患者を元気づけ、自分に自信を持たせるのにも役立っています。不謹慎と批判する声はなく、「かっこいい〜!」「イェ〜!」と素直に盛り上がるのが西洋の感覚。もともとアメリカやカナダのドクターはフレンドリーで親しみやすい人が多いのですが、医師と患者の間の垣根をさらに低くする効果もあるようです。



(埋め込み動画の見られない方はこちらのリンクをお使い下さい。)

将来もし抗がん剤で脱毛するようなことがあったら、黒い革ジャンに黒サングラスでパンクロッカー風にしようかな〜と考えている私にとっても、こういうバンドの存在は励みになります。
posted by leo at 12:19| Comment(0) | 日々の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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