2010年12月30日

外野の意見

病気らしい病気をしたことのない人生から一転して、口にしただけで周囲がドン引きする病気持ちになって2年半以上経ちましたが、今年も無事に楽しいクリスマスを過ごすことができました。お腹も痛まず食欲も有りお通じも快調。ありがたいことです。しかし私より数倍進行した癌でありながら3年、4年と元気な方も沢山いらっしゃるので、この程度は普通なのかもしれません。よく考えてみると、5年生存率などの統計には歳を取られてから癌になった人も多く含まれているので、比較的若くて体力のある人はその分数字に上乗せしていいような気もします。少なくともその位脳天気な方が毎日をエンジョイできるのではないでしょうか。

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ところで9月24日の「アバスチンと乳がん」という投稿の中で、アメリカに於けるアバスチンの乳がんへの適応認可に係わる問題を取り上げました。皆様ご存知と思いますが、FDA(米国食品医薬品局)は12月16日に認可の取り消しを発表しました。う〜ん、やっぱり中間選挙が終わるまで待ってたのかな〜と勘ぐっている私です。この決定の影響を直接受け、言いたい事が山積みなのはアメリカの乳がん患者さんとその家族だと思います。が、今日は当事者の意見ではなく、ニューヨークタイムス紙に寄せられたコメントを通じて一般社会の反応を紹介させていただきます。何しろ一度癌になると、癌になったことのないラッキーな人達の感覚を忘れがちですからね。

ニューヨークタイムスの記事自体はアバスチン認可取り消しの背景を実に淡々と伝えています。全生存期間の延長が治験で示されなかったこと。患者の間ではFDAの決定に対して賛否両論があること。未承認でもオフレーベル(適応外)で乳がんへの使用を継続できるが、保険会社が支払いに応じるかはわからないこと。オバマ大統領のヘルスケア改革に反対する保守右派が、この件を政治的に利用しようとしていること。製薬会社(ロシュ/ジェネンテック)は、認可取り消しで5〜10億ドルの減収が見込まれ既に人員整理に着手していること。(早っ!)等、様々な側面から客観的に論じています。

興味深いのは、時期を同じくしてヨーロッパのEMA(EU内での薬の販売認可を審査する機関)が、アバスチンの転移性乳がんに対する使用はパクリタキセルとの併用に限り可という決定をしたことです。同じ治験データに基づいています。つまりFDAは「無進行期間(PFS)は3ヶ月延びたが全生存期間(OS)は変わらずQOLも向上しなかった→NG」と判断したのに対し、EMAは「OSを縮めたりQOLを低下することなくPFSを3ヶ月延ばした→OK」と解釈したようなのです。物の見方というのは医学の分野でもこんなに正反対になるのですね。尚、EMAは欧州での販売認可を下すだけで、保険の適応になるかどうかは各国が独自に検討します。従って承認イコール保険でカバーではありません。

以下、上記の新聞記事(オンライン版)に対するアメリカ人のコメントです。

BD(サンディエゴ):ヨーロッパは承認して癌患者は使いたがっている…FDAは何故流れに逆らうのか?患者、医師、保険会社に決めさせよう。

yoandel(ボストン):誤解があるようだが…保険の適応か否かを決めるのは個々の保険会社でFDAではない。オフレーベル薬でもカバーする保険は沢山あるし、FDAが承認したから保険を適応しなければならない訳でもない。

Erin(ワシントンD.C.):アバスチンが迅速承認されたのは確か癌の進行を5ヶ月以上遅らせたという治験データがあったから。認可が取り消されたのは無進行期間の延長は1〜3ヶ月という結果がでたから。まるで3ヶ月は意味が無いけど5ヶ月なら価値があると言わんばかり。FDAは、効き目が全く無かったり身体に大きな害のある薬を取り締まることを仕事にすべき。政府や医師は、患者が知識を増して自ら選択できるよう手助けして欲しい。

Dan A.(ヴァージニア):たった数ヶ月の延命(しかも副作用あり)のための費用を社会が負担するのは正当化できないように思う。最後の手段として何かしたいのなら代替療法で免疫強化を狙ったり食事療法でもしたらどうだろうか。

Xyz(カリフォルニア):FDAの決定を支持している人は冷徹すぎる。末期の癌患者にどの薬は試せてどの薬は試せないなんて誰が言えるのか?思いやりに欠けていてぎょっとする。それに選択の自由はどうなるのか。末期の癌患者ならことさら必要な筈。

MusaMayer(ニューヨーク):感情に流されている人は、進行癌の治療薬に規制が無くなったらどんなことが起きるか考えていない。製薬会社が費用のかさむフェーズ3の治験をするのはFDAが薬効と安全性の証明を義務付けているからこそ。でなければ、小規模なフェーズ1の治験で数人に効いただけで販売に踏み切る。そうなったら医師と患者が治療方針を決めようにも基にするエビデンスがなくなってしまう。

そして読者からの賛同票を最も集めたのは次のコメントです。アバスチンに対してと言うより、進行癌の治療の在り方全体に疑問を投げかける内容です。

Clotdoc(アトランタ):認可されている抗がん剤の多くは治験でほんの僅かの効果しか示していない。生存期間を3ヶ月延長できればFDAの承認が下る。予後の難しい癌の化学療法は、通常無駄に終わることが予測されていながら患者に希望を与えるために行われている。こうした努力が医療費高騰の一因となっているようだ。

厳しい指摘ですよね。皆が皆そうではありませんが、やはり西洋ではドライで合理的な考え方をする人の割合が高いような気がします。ちなみに上記のコメントに対しては、熱意を込めて反論されている方もいました。

vonbek9(カリフォルニア):末期の病にとって3ヶ月の延命は一生のようなものだ。確かに無駄と嘲笑されるような療法も沢山ある。しかし医師と患者にとって一番の武器は理性と知識に基づいた希望ではないだろうか。成功する確率が低くても患者が絶望より希望を選んでいけないという事はない。

oncology(ミズーリ):3ヶ月の生存期間延長というのは全員が3ヶ月長く生きたことを意味しているのではない。ほとんど延命効果がなかった人もいれば、3ヶ月よりずっと長く生き延びた人もいるということなのだ。

色々な意見がありますね。病気になっても社会のお荷物にはなりたくありません。その一方、こっちは好き好んで癌になったわけではないのに厄介者であるかのように言われるとさすがにムッとします。本題のアバスチンについては、特に乳がんの場合、大部分の患者さんには効き目がいまいちらしく残念です。しかし少数ながら大ヒットして進行が何年も止まるケースもあるので、どういう人に効果が上がるのかを特定できれば米国での再承認もあり得るそうです。

それでは良い年をお迎え下さい。
posted by leo at 19:09| Comment(2) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月21日

癌と糖尿病(後編)

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肩を並べるように現代人を蝕む癌と糖尿病。もちろん全く性質の異なる病気ですが、果たして無関係なのでしょうか?それを探るために開かれたコンファレンスのレポートを、素人の私がわかる範囲で紹介しようという無謀な試みの続編です。

(注:以下の文中の糖尿病は2型糖尿病を指します。)

3.癌と糖尿病の生物学的リンク

この点に関してはかなり盛り沢山の研究発表があったようですが…文系の私は3回読み直してもちんぷんかんぷんでした。うっすらと理解できたのは、2つの病気の間に生物学的な結びつきがあるとしたら最も怪しいのはインスリンだということです。比較的軽度の糖尿病と予備軍ではインスリンに対する感受性を失いインスリン抵抗性となるケースが多いそうです。インスリンを分泌しているのに反応がないので変だな〜と思った膵臓は、ますますインスリンを分泌してインスリン過多(高インスリン血症)になります。糖尿病の人が全員そうだというのではありませんが、肥満で糖尿気味という人によく見られる傾向です。

で、インスリンの主な役割というと血糖値のコントロール。「糖尿病→血糖値が高い→癌は糖分が好き」という図式なのかと思いきや、実際はそれ程単純ではないようです。なぜなら癌細胞の代謝は嫌気的解糖が中心、つまりインスリンに依存しない形で糖をエネルギーに変えられるからです。発がんとの関係でより疑いが濃いのはインスリンの細胞分裂への影響です。インスリン及び同じ系列のインスリン様成長因子は、細胞分裂における有糸分裂というプロセスを誘発します。そして、これらインスリン関連受容体の発現が癌に見られることも珍しくないらしいのです。よって正常よりインスリンが多い状態は癌の成長にとって好ましいのかもしれません。

と言っても、この辺りのメカニズムは未だ研究途上で、例えば乳がんの予後をインスリン/インスリン様成長因子受容体の発現有無で比較した研究では、インスリン受容体の有る方が遠隔転移しにくいという結果としやすいという結果と両方出ています。血清中のインスリンレベルと組織のインスリン受容体レベルとは比例するのか?インスリン抵抗性が、インスリンの血糖調節とあまり関係ない臓器(乳房、大腸、前立腺など)にも及ぶのか?他、今後の研究課題は山積みのようですが、インスリン/インスリン様成長因子受容体をターゲットにした薬の開発も進んでいることから、インスリンと癌とは無関係ではないように思えます。

4.癌と糖尿病治療薬との関係

メトホルミン(Metformin)は欧米で糖尿病の治療によく使用されるお薬です。インスリン抵抗性の人に処方され、インスリンやブドウ糖が筋肉などに取り込まれやすくする作用があります。この薬がどういうわけか癌の成長も抑制する…かもしれないと考えられています。試験管では癌細胞の増殖を抑える効果が確認されており、マウスを用いた実験では特に高カロリーのエサを与えられたマウスの間で効き目が顕著でした。このことからメタボでもインスリン過多でもない人には効果が薄いのではないかという意見もあります。幾つかの疫学調査では、糖尿病でメトホルミンを服用している人は、他の薬物治療を受けている人より癌になるリスクや癌で亡くなるリスクが低いという結果が出たそうです。しかし全ての癌ひっくるめのデータなので個々の癌に対する効果の有無については不明です。

さて2型糖尿病も病気が進むにつれ、膵臓のインスリンを分泌する細胞がパンクしてインスリン不足状態になります。従ってインスリン注射が必要になるのですが、インスリン注射にも色々な種類があるそうです。その内の持続型と呼ばれるインスリンアナログ製剤グラルギン(Glargine)が発がんリスクを増加させると懸念する声があります。他のタイプのインスリン注射に比べ、グラルギンを使っていた人は癌になる割合が高いという統計が複数発表されたことによります。この疫学調査結果は賛否両論で、学者さんたちが学術誌を舞台にネチネチやりあったらしいですが結論はでていません。グラルギンとNPHインスリン(中間型ヒトインスリン製剤)の使用者を直接比較した臨床試験では、癌の罹患率に違いは見られませんでした。ただ参加者の中で癌になられた人の数が少なくエビデンスとしては弱いので、分母を大きくした別の臨床試験(グラルギンvsプラセボ)が行われている最中です。

インスリンアナログ製剤はヒトインスリン製剤よりもインスリン様成長因子1(IGF-1)の受容体と結合しやすい→IGF-1は細胞成長と特に深いつながりがある→発がんを促進?と分析されていますが仮説の段階です。その他にも、自然な状態で体内のインスリン量が上下するのと注射で大量のインスリンが流れ込むのでは違いがある点や、持続型インスリンは高濃度のインスリンが長時間体内に留まるようできている点などが係わっている可能性もあります。その反面、インスリン療法を受けている人は2型糖尿病歴の長い人が多く、糖尿病以外の疾患を併発しているケースも少なくありません。またインスリン注射を始める前に何年もインスリン抵抗性で高インスリン血症だったことも有り得ます。これらの条件を考慮すると一足飛びにインスリン療法を危険視するのはフライングのようです。

アメリカの癌協会(American Cancer Society)と糖尿病協会(American Diabetes Association)の共同開催によるコンファレンス。癌と糖尿病の相互関係について、既に研究されたことを整理することで今後の課題を明確にしたのが一番の収穫だったようです。まどろっこしい印象も受けますが正しいアプローチなのだと思います。自分の考え方に合った2〜3つの研究結果や仮説だけ拾い出し、あたかもそれが全てであるかのように主張するのは科学的ではありません。自分や家族が糖尿病でかつ癌になってしまった方のご苦労、、癌になっていないけれど家系的になりやすい方のご心配、お察しします。糖尿病とてしっかり治療しなければ命にかかわる病気。自分なりに知識をつけた上、疑問点や迷っている点は担当医とよく相談して最善の選択をして下さい。
posted by leo at 17:53| Comment(0) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

癌と糖尿病(前編)

昨日の夕方は雨がしとしと降って12月にしては暖かかった(気温2℃くらい)のですが、その後すごい勢いで寒波が到来し今朝は氷点下7℃。今夜は氷点下14℃まで下がるそうです。冬だから仕方ありませんね。それにしてもよ〜く冷えてます。

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(これより本題)

癌と糖尿病はどちらも現代人に多い病気です。共通するリスク要因も多く、2つの病気の間に何らかの相関関係があるのではないかと訝る学者さんもいるようです。そこでアメリカの癌協会(American Cancer Society)と糖尿病協会(American Diabetes Association)がジョイントでコンファレンスを開き、この点に関する様々な研究が発表されました。昨年12月のことです。つまるところ、「癌と糖尿病の関係は更なる研究を要する分野である」という肩透かしをくわせる結論に至ったようですが、現時点で判明していることを広範囲に集め、秩序立てて分析が試みられました。

(注:文中の糖尿病は2型糖尿病を指します。)

1.糖尿病と癌の罹患や予後との関係

ご存知の通り癌は部位によってリスク要因も予後も異なり、十把ひとからげにして語るわけにはいきません。ヨーロッパで行われた疫学調査によると、糖尿病で罹患リスクが上がるのは肝臓がん、膵臓がん(どちらも2倍以上)、大腸がん、乳がん、膀胱がん(1.2〜1.5倍くらい)だそうです。糖尿病は血糖を調節するインスリンの量が少なくなったり正常に作用しなくなったりする病気。特にインスリン抵抗性と呼ばれるタイプの糖尿病および予備軍の場合、身体がインスリンへの感受性を失ってしまうため、膵臓が延々とインスリンを分泌し続けインスリン過多の状態(高インスリン血症)になります。分泌源の膵臓だけでなく通過地点の肝臓も大量のインスリンにさらされるので、それが発がんに影響を与えているのではないかという仮説が立てられています。

また癌と糖尿病と両方患っていると、癌だけの人より予後が厳しくなる傾向が幾つかの調査で示されました。まあそれは癌ひとつでも十分手強い相手なのに、既往症があったらさぞ大変だろうと想像はつきます。例えばカナダ、オンタリオ州の疫学調査によると、乳がん+糖尿病の人は乳がんのみの人と比較して5年以内に亡くなる確率が39%高かったそうです。と言っても、この手の研究は調べる度に結果が変わったりするので、自分は両方だからダメだ…と悲観するのは止めた方がいいと思います。

2.癌と糖尿病に共通するリスク要因

生活習慣がらみのリスク要因のみ抜粋しました。

肥満
ここで言う肥満はBMIが25以上の人を指します。女性だったら身長155cmで体重60kg以上とか…本格的な肥満のことです。日本にはあまりいないでしょうが欧米では珍しくありません。肥満と糖尿病との相関関係は明らかです。健康的な食生活や運動も、それ自体が糖尿病を予防すると言うよりも肥満防止や体重減少に繋がるから効果があると言った方が正確でしょう。極端な話、手術で胃を小さくして痩せても良いわけで、実際に肥満手術は糖尿病の効果的な治療法として欧米で用いられてます。手術で激やせした人の78%は糖尿病が治ってしまった!という驚くべき統計もあります。

癌と肥満との関係はそれほど単純ではありません。多少なりとも肥満が関係しているらしいのは乳がん、それも閉経後に乳がんになるリスクです。閉経後は脂肪の中でエストロジェンが生成されると聞いたことがあります。とすると、ふくよかな人ほど女性ホルモンが豊富、ゆえに乳がんになりやすいのかもしれません。ただ糖尿病と比べたらリスクの増し方はささやかで、痩せている人でも癌にはなります。その上、癌になったことが原因で体重が減ることもよくあるため、痩身の癌予防効果を検証するのは困難です。

食生活
食生活と癌のリスクについては、基本的に関係有りと見るのがコンセンサスのようですが、具体的に何がどうなのか、になると医学的に立証されている事柄は決して多くありません。欧米で一般的に勧められているのは、赤いお肉(牛、豚、羊)と加工肉(ハム、ソーセージの類)は控え野菜を沢山食べる、ということくらいです。それもあくまで発がんリスクを減らすためであって、食事療法で癌を治すという発想は正統派の西洋医学の範疇にはありません。一方、糖尿病においては低脂肪、低カロリーの食事療法が代表的な治療法のひとつです。狙いは異なっていますが、癌のリスクを減らすためでも糖尿病のリスクを減らすためでも、結果的には似たような献立になるような気がします。過食や脂っこいものは避け野菜中心の健康的な食生活を心がけるということですよね。問題は、そうすることで糖尿病はかなりの確率で予防、コントロールできるのに、癌はどんなに生活習慣に気をつけてもなる時はなってしまう件。頭が痛いです。

その他、運動に関しては乳がんや大腸がんなどのリスクを低減すると言われていますが、糖尿病ほど著しい防止効果はないようです。糖尿病は1日30分の穏やかな運動(ウォーキング等)を週に5回で約25〜36%の罹患リスク減。これは疫学調査だけでなく臨床試験でも確認されています。ただ肥満の糖尿病患者がせっせと運動をしても痩せなかった場合、それでも効果があるのかどうかについてはクエスチョンマーク付きです。煙草とお酒は糖尿病予防の見地からもほどほどにすべきですが、発がんリスク要因としてはトップクラス。共通しているようで微妙な違いがあります。

肥満で運動不足、こってりしたものや甘いものが大好きで間食も欠かさない。お酒を飲み煙草を吸い、絵に描いたような不健康な生活を送っている。そして糖尿病持ち。な〜んて人がある日癌になったとします。色々なリスク要素が混ざり合っている中、何が特にその人の癌の引き金になったのか知ることは不可能です。もちろん何の癌になったかによっても話が変わってきます。仮に糖尿病との因果関係が疑われたとしても、高血糖、高インスリン血症、インスリン抵抗性など、糖尿病にまつわる様々な代謝異常の内、どの要因が発がんに最も関与しているのか… まだまだ不明なことだらけです。個々の因子別にじっくり疫学調査を行うには長い年月がかかるでしょう。

(以下後編に続きます。)
posted by leo at 17:52| Comment(2) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

甘党の曲者

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癌は糖分を好むという話を時々耳にします。と言っても、甘いものを食べるから癌になるとか、食べなければ再発しないとかいうほど人間の身体は単純な作りではないようです。癌細胞と代謝、及びそれに干渉することで新しい治療法を開発しようとする取り組みなどについて、とてもわかりやすい記事がニューヨークタイムスに載っていたので概要を紹介させていただきます。

グルコース(ブドウ糖)は確かに癌の大好物ですが、正常な細胞だってグルコースを栄養源にしていることには変わりません。特に脳はグルコースを沢山消費することで知られています。癌を太らせたくないばかりに摂取カロリーを減らしても、血糖値が正常以下にならないよう身体は一生懸命に調節します。そして癌は血液中のグルコースを美味しく頂いてしまいます。仮に体内のグルコース量が乏しくなっても、癌は正常細胞よりも貪欲なので栄養素にあぶれることはまずないと見て良いでしょう。糖分摂取を制限することで癌を兵糧攻めにしようとしても残念ながら効き目はなさそうです。

そこで癌細胞の代謝に照準を合わせて干渉することで癌の弱体化を図る、というアイデアが生まれました。エネルギー代謝には、酸素が十分ある状態で行われる好気的解糖と酸素がない状態で行われる嫌気的解糖と二通りあります。(この辺化学に弱い私には難しいのであまりつっこまないで下さいね。)普通の細胞は好気的解糖を行う場合が多いですが、激しい運動をしている時などには筋肉中に蓄えられたグルコースを嫌気的解糖してエネルギー源とするらしいです。へそ曲がりの癌細胞は酸素がある状態でも嫌気的解糖を行う傾向があり、癌の代謝の特徴の一つと考えられています。これを発見したのは1931年にノーベル賞を受賞したドイツの生化学者オットー・ワールブルク(Otto Warburg)です。臨床への応用に80年かかっているってちょっと長すぎ!と思わず苦笑しました。

もちろん実際はもっと複雑で、癌細胞の全てが嫌気的解糖をしている訳でも、正常細胞が全く嫌気的解糖をしない訳でもありません。よって癌細胞だけにダメージを与える薬を開発するのは一苦労なのです。例えばPETスキャンの検査薬(FDG)の様な擬似グルコース(但し放射性物質抜き)を治療目的で使おうという試みがあります。2DGと呼ばれるこの人工グルコースは、偽者だけあって代謝されないことから癌のグルコース代謝をブロックすることを期待されています。しかし、そのためには検査に使われるよりもずっと多い量が必要となり、どうやって大量の擬似グルコースを腫瘍に着弾させるかが課題のようです。

また、従来の抗がん剤とグルコースを混ぜた毒入り団子みたいな薬の開発をしている製薬会社もあります。Pyruvate Kinase M2といった癌の糖質代謝に係わる酵素を阻害する薬も研究されています。こうした新しいアプローチは主に一攫千金を狙う小さな製薬会社によって進められていますが、先ごろ大手のアストラゼネカも癌の代謝阻害薬(AZD-3965)の治験を開始すると発表しました。

少し毛色の違う薬としてはDCAがあります。DCA(ジクロロ酢酸)は、飲料水の塩素殺菌の副産物として生成される化学物質です。Pyruvate Dehydrogenase Kinaseと呼ばれる酵素を抑制することで代謝の仕方を、細胞質で行われ乳酸を産生する嫌気的解糖→ミトコンドリアで行われる好気的解糖、と変える働きがあります。後者の方がエネルギー生産効率が高いので癌のテンションが上がるかと思いきや、ミトコンドリアが元気になると癌は勢いをなくしてアポトーシス(細胞死)を起こす…少なくとも理論上はそういう仕組みです(多分)。

DCAは以前から、乳酸過多などミトコンドリアの機能不全によって起こる稀な疾患への治療に使用されており、人体への危険性は少ないそうです。癌細胞に対する効果は、カナダのアルバータ大学のDr. Michelakisによってマウスを使った実験で確認されました。新しい物質ではないのでパテントで大儲けできる見込みはなく、製薬会社の食指は動かないようです。それを逆手に取り、人間の臨床データが乏しいにもかかわらず独自で製造してネット上で売る輩が出現した他、日本でも一部の代替医療系のクリニックで処方されていると聞きました。当のDr. Michelakisは非常に慎重で、きちんと臨床試験をして効き目を確認するべく、公的な医学研究財団や政府の関係機関と掛け合い研究資金集めに勤めている最中です。

癌の代謝をターゲットにした治療薬の研究は始まったばかりで、分子標的薬に続くヒットになるのかどうかまだわかりません。上手くいけば癌治療がまた一歩前進することになるので成功を祈るのみです。
posted by leo at 19:08| Comment(0) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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