2011年07月25日

統合医療と治験(penmachineその6)

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(カナダ、ブリティッシュコロンビア州のDerek K. Millerさんのブログ「penmachine」を紹介させていただいています。今回は第6部です。)

癌の診断を下されてから2年近く、検査、手術、放射線、抗がん剤とDerekさんはハードスケジュールをこなしてきました。心の底に「一日も早く癌を治して普通の生活に戻りたい」という希望を持ち続けてきました。しかし、冷静に現実を分析し「癌と共生しながら一日でも長く生きる」に目標を修正。それに伴い、今まで以上にQOLを重視するようになりました。

そんな折、Derekさんは妻のAirさんと一緒に市内のInspireHealthという統合医療センターに足を運びました。統合医療については興味のある方も多いかと思いますので少し詳しく書いておきます。

InspireHealthは、カナダで唯一の州政府お墨付きのNPO統合医療施設で、州の癌センターとも協力関係にあります。目指すのはあくまでも統合医療であり代替医療ではありません。言い換えると、癌の標準治療に代わる治療法を提供するのではなく、標準治療でカバーしきれない部分を補う役割を負っているのです。標準治療は癌という患者の身体の一部分に焦点を絞っており、全体的な健康状態、精神状態、生活習慣などにはなかなか手が回りません。癌を殺すためには他の部分がある程度犠牲になっても致し方ないと考えているふしがあります。対して、InspireHealthは癌を宿しながらも出来るだけ元気に生きていくための土壌作りを手伝ってくれる場所と言えます。寛解中の人の場合は、再発の可能性や不安感を少しでも軽減するのが目的です。

具体的には、専属医師との90分間の面談による全体的な健康状態の診断(州の健康保険適応)。必要と判断されればビタミン等サプリの処方や生活習慣の改善についてのアドバイスも頂けます。その他、料理教室、瞑想、ヨガ、リラクゼーションなどのクラスも有り、これらの費用も州の健康保健でカバーされます。また週に1回Fireside Chat(無料)というのが開かれ、統合医療に興味を持っている人を対象に、専属医師がInspireHealthのプログラムについての質問に直接答えて下さいます。病院の診察室で行われる医師との面談は、ともすれば堅苦しく事務的な雰囲気になりがちです。Fireside Chatは、暖炉の周りで仲良く談笑するような暖かく親しみやすい雰囲気の中で、患者が医師に自由に質問できる場となっています。

その他、LIFEプログラムと呼ばれる2日間のワークショップがあり、こちらは自費(445カナダドル)での参加となります。講習内容は、基本となる健康的な心と身体作り、ストレス軽減、食事と運動、治療方針に関する意思決定、統合医療の分野における最新研究結果などを含みます。更に、マッサージや鍼、ナチュロパス(自然療法医)や栄養士によるカウンセリングなども希望すれば随時受けられるようなっています。(栄養士のカウンセリングは州保健適応、それ以外は自費)ちなみにInspireHealthの運営費用の大部分は、州政府からの補助及び企業や個人からの寄付から成り立っているそうです。

DerekさんはInspireHealthの感想を次のように記しています。

つい最近まで僕は治療に対して極めて受動的だった。癌を撃退するために医師がぶつけてくるどんな治療でも受け入れ、それに伴う痛みや苦しみに耐えてきた…研究途上の薬を使うようになった今、治療の恩恵と治療による損失を量りにかけなければならない。InspireHealthは、その複雑な意思決定をしていく上で助けとなるばかりでなく、健康的な食事をし、身体を動かし、効果的にリラックスする方法を教えてくれる。

医師からの勧めでビタミンやサプリも取りはじめた。我が家の食卓にはオーガニックや無加工の食品が並ぶようになり家族全員の健康推進に役立ちそうだ。寒い日でも早足で散歩するようにしている。コーヒーの代わりに飲みはじめた野菜ジュースはビックリするほど美味しい。

InspireHealthは建物全体が普通の病院とは異なる感じだ。インテリアはナチュラルカラーで照明は柔らかく、ピリピリした所がなくてリラックスできる。ガチガチ理数系の合理主義者である僕からすると、ちょっとニューエージ風だなぁという印象である。

でも効果はある。バンクーバーに住む全ての癌患者にお勧めだ。

(2008年12月2日投稿「Taking charge of cancer treatment」より)

一方、治療の方にも進展がありました。フェーズIの治験参加に躊躇していたDerekさんでしたが、腫瘍内科医の熱意のこもった説明により気が変わり、結局その実験薬を試すことになりました。薬の名前はCediranib。卵巣がんへの薬効も期待されている分子標的薬でフェーズIIIの治験が行われている最中です。(以前「Bで終わる薬」という投稿の中でちょろっと紹介しました。)

飲み薬で一日一錠を服用すればいいだけという手軽さ。また殺細胞系の抗がん剤と比較すれば副作用がマイルド。数ヶ月前に使って効かなかったPanitumumabよりは成功する見込みが大きい。といった点がDerekさんの心を動かしたようです。

治験。しかもフェーズIと聞くと、副作用の程度を調べるだけの実験台にされるのではないか尻込みする方も多いでしょう。私自身もフェーズIの治験に参加する勇気があるかどうか甚だ疑問です。大きな賭けであることに間違いないでしょう。

そしてDerekさんは賭けに勝ちました。一日一錠のCediranibがDerekさんの癌の動きを1年近く鈍らせたのです。

(次回に続く)
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2011年07月19日

癌と共に生きる決意(penmachineその5)

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(カナダ、ブリティッシュコロンビア州のDerek K. Millerさんのブログ「penmachine」を紹介させていただいています。今回は第5部です。)

2007年10月から2008年5月まで8ヶ月(16回)に渡るFOLFIRI+アバスチン。にも係わらず縮小の兆しが見えぬ肺転移の癌。厳しい状況が続く中、暫しの休薬期間にほっと一息つくDerekさんでした。

2008年7月。新たな治験への参加が決まり治療が再開しました。今度の治験はIrinotecanとPanitumumab(商品名Vectibix)の併用療法です。イリノテカンは日本の癌患者さんには馴染みのある薬かと思います。Panitumumabはアービタックス(Cetuximab)と似た分子標的薬で、アービタックスと同じく上皮成長因子受容体(EGFR)の働きを阻害します。代表的な副作用は発疹など皮膚の障害です。Derekさんにも湿疹とニキビのような吹き出物が投薬後数日で現れ、顔が真っ赤に腫れあがりヒリヒリ痛む有様でした。幸い症状は2〜3日で沈静しはじめ、2回目の点滴後は副作用の出方もマイルドになって、肩や胸、背中を湿疹に覆われながらも顔は比較的無事だったようです。

しかし残念ながらIrinotecanとPanitumumabの組み合わせは効果を発揮しませんでした。9月に撮ったCT画像で腫瘍の増大が認められ、治療は急遽打ち切りになってしまいました。次の化学療法をどうするのか。治療方針の決定を待つ間に、Derekさんはストーマ(イレオストミー)を取り除く手術を受けました。ストーマは2007年7月の直腸切除手術の際に臨時増設されたもので、手術の傷が癒えた大腸の配管工事をやり直してもらった次第です。

治療生活が長引くにつれ様々な思いがDerekさんの心をよぎります。

ここ数日、カメラの三脚を家中探し回っている… 1メートル位で大きな緑のナイロン袋に入っている。簡単に失くすようなものではないのに… 何かをしようと思った直後に忘れてしまうことも珍しくない。ゴミを外に出すとか図書館へ本を返却するとか… 年のせいにすることもできるかもしれないが僕はまだ38歳だ。妻はこの状態を「キモブレイン(化学療法に伴う認知障害)」と呼び、抗がん剤の投与を受けた患者の間では良く知られた障害なのだと教えてくれた。
(2008年6月12日投稿「Chemo brain」より)

最後に癌の症状を感じてから1年以上経っていることに気づいた。2007年の手術で直腸の腫瘍は切除されて肺に転移した小さな癌だけとなった。

明らかに良くない状態だ。その癌が大きくなっているのだからなおさらだ。でも症状は全くない。自転車に乗ったり登山をしたりして肺を酷使しても問題ない。以前より身体が弱くなって常に疲労感がつきまとっているが、そうした不快感は手術や抗がん剤、その他いろいろな薬の副作用からきている。

今日も一日中ベッドに横たわったまま過ごした。グッタリして吐き気がして。でもそれは癌のせいではなく薬のせいだ。必要なこと、無しにはすまないことなのだろうが奇妙な感じがする。

(2008年8月14日「The cure and the disease」より)

数日前に妻と話し合った… 妻は癌になってから僕の心中にあることを見抜いていた。僕は医師が勧めるどんな治療法でも試して癌と闘ってきた。そのためにどんなに具合が悪くなっても、それらの武器のどれかが癌を退治して人生を前に進める日が来ると望み続けてきた。僕の人生は病と闘うために一時停止状態なのだと考えていた。普通の生活を再開する前に通り抜けねばならない段階であるかのように扱ってきたのだ。

ところが現実はそうではなかった。次の治療プランはフェーズIの治験だ。新薬の初期の臨床試験で、その薬が癌に効くかどうか調べるというより、血液検査の結果や副作用など患者がどう反応するかを調べる治験だ。言い換えると、標準的な治療法の種がつきて実験的な治療法に手を出そうとしているということだ。成功するチャンスは小さく、それでも副作用だけはあるだろう。

妻は僕の目を「癌と共にどう生きていくのか」という問題に向けさせてくれた。何故ならそれがこれからの僕の人生なのだから。どれだけ続くかわからない。何ヶ月か…確実に。何年か…多分。全ての兆候から察するに、僕は残る人生の間ずっと癌である。恐らくいつの日か癌で死ぬのだろう。

にもかかわらず9月に最後のキモを止めて以来、体調は絶好調だ。だから今まで苦しかった原因の大部分は病気のせいではなく治療のせいだったのだ。癌と闘うために必要な苦しみだと思ってきたけれど、今こそ重要な決断をする時だろう。

…昨日治験の話を聞いた際、無意識のうちに自分は参加するだろうと考えていた。だが乏しくなったメニューから医師が出してくるものを何でも受け入れるというのは惰性のようなものだ。僕は人生で行きたい所もやりたい事もある。夫であり父親でありたい…

勝てない戦を戦って人生を無駄にすべきではないのかもしれない。一時停止はもうやめて生きたいように生きよう。

(2008年10月28日「To fight, or to live」より)

治る見込みのない癌を宿した患者の多くが思い悩む問題です。癌と共に生きる覚悟をしても感情的にそう易々とは割り切れません。Derekさんの心の中では葛藤が続きました。

(次回に続く)
posted by leo at 06:46| Comment(2) | 本やブログなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月07日

しんどかった手術、いつまでも続く抗がん剤(penmachineその4)

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(カナダ、ブリティッシュコロンビア州のDerek K. Millerさんのブログ「penmachine」を紹介させていただいています。今回は第4部です。)

術前抗がん剤と放射線治療の効果が残念ながら上がらなかったDerekさんでしたが、それでも手術は決行されました。直腸にできた癌を取り去るため、直腸は全て、加えて大腸下部も切除する大きな手術です。良い執刀医に恵まれ肛門や腎臓は切らずに済みましたが、大腸の傷が癒えるまでの間はストーマ(イレオストミー)に頼る生活となりました。

話は遡りますが、2006年にDerekさんの体調が悪くなり始めた頃、主治医が癌と疑わなかった理由の一つはDerekさんの体重に変化が無かったからでした。ところが癌と診断されてからDerekさんはみるみる痩せ始めました。何度も繰り返される検査。その度に絶食したり下剤を飲んだり。そして抗がん剤と放射線。手術前の6ヶ月で11キロ、手術前後の絶食でさらに7キロ近く体重が落ちました。さらに手術後しばらくして閉塞が起きてしまい食事を取ることが出来ず、ますます痩せてトータルで7ヶ月間に23.5キロ減!と骨と皮状態になってしまいました。元凶はもちろん癌ですが、直接の原因は検査や治療でここまで痩せてしまわれたのがとても切ないです。

そんな状態でも前向きな態度を失わないDerekさんは、一日も早く回復して化学療法を再開することを望んでおられました。

今日は娘と犬を連れて4区画散歩できた。杖も車椅子も使わずにだ。家に帰ってきた時は疲れたけど、僕は歩けた。痛みは少しずつ減っている。次のキモを始められる日も近いかもしれない。7キロ近く太って、元の体重には程遠いけどまあ安心した… でも重い疲労感は変わらない。昨日は車を運転して病院に行き、ついでに外食してきたのだが、その後疲れ果てて4時間も眠ってしまった。今日は子供をマクドナルドに連れて行った後1時間横にならなければならなかった… 小さな角ながら角を曲がっているなぁと感じる。2〜3週間後には娘達を学校に連れて行けるようになるだろう。それがゴールだ。
(2007年8月23日投稿「Turning the corner」より)

化学療法は2007年10月に再開しました。Derekさんの場合、再発予防のキモではありません。直腸の癌は手術で切除したものの、肺に転移した分は手付かずです。肺の癌が縮小してなくならない限り化学療法は続く見込みでした。その第一弾はFOLFIRI(5-FU+ロイコボリン+イリノテカン)にアバスチンを加えたレジメンです。Derekさんはポートと希望を胸に埋め込んで治療を始めました。

往々にしてあることですが、初めの頃はそれ程強い副作用は出なかったようです。投薬後2〜3日は若干吐き気を感じる。しゃっくりやくしゃみが頻発する。常に鼻水が出る。また温度に対して普段より敏感になり、熱いシャワーはより熱く、冷たい飲み物はより冷たく感じるようになったくらいでした。3ヶ月後のCT検査によると肺の癌は安定状態(SD)。なくなってはくれませんが少なくとも大きくなっていませんでした。しかしアバスチンの副作用か肺に凝血が見つかりました。

そしてFOLFIRI開始から6ヶ月経った2008年3月。目安として6ヶ月続く予定だったFOLFIRIを延長すると医師から告げられました。

がっかりしたけどすごくビックリしたわけではない。CTの結果で肺の凝血はなくなったし、腫瘍も大きくなっていないことがわかったから。でもキモをしてると足止めされる。早く終わらせて身体を休め、再手術して大腸と肛門を繋いでもらってストーマ生活を終わらせたい。でもそうすることで癌が勢いづいてしまう危険がある。勿論そうなっては欲しくない。

ということは今年の予定を修正しなくてはならない。パートや在宅でもいいから何時仕事を再開できるのか?わからない。夏に家族で旅行に行けるのか?多分。キモが効果を上げて癌が最後には縮小してくれるのか?祈るのみ。

この5ヶ月間のどっちつかずの状態が終わってくれるのを待っていた。投薬とその後数日間のうんざりする副作用。普通に近い暮らしを2週間してまた投薬。髪は薄くなってきてめっきり白髪が増えた。指は乾いて変色している。鼻をかむと鼻水がピンクがかっている。でも終わってくれない。まぁいいや、としか言いようがない。

(2008年3月13日投稿「Chemotherapy will last longer than I expected」より)

ついに記念すべき日が来た。抗がん剤について誰もが語ることだ。

昨日12回目のFOLFIRIをやった後、夕食を全部吐いてしまった。癌の治療を始めてから嘔吐したことはこれまでにもあったが、キモのせいで吐いたのはこれが初めてだ。

全体的にみると抗がん剤の副作用は思ったほど重くないけれど、キモというのはゆっくりと杭で打ちつけられるのに似ている。数週間に一遍打ち付けられる。自分は割とすぐ回復している方だろうが、打ち付けられるたびに徐々に沈んでいく気がする。

だけど今、妻が夕食の準備をしている。子供達のためにカップケーキを焼いている。今日は吐かないぞと思う。これは進歩だ。

(2008年3月28日投稿「Dubious milestones」より)

腫瘍内科医に会う時は期待しすぎないようにしている。現実的に考えて、肺の腫瘍が少し大きくなったか、少し小さくなったか、同じ大きさか…そんなものだと思って行く。奇跡的になくなったとか劇的に大きくなったとかは考えないようにしている。

そしてそれが僕の実際の状況だ…キモは肺の腫瘍を消去することはないものの増大を食い止めているようだ。FOLFIRIはあと2回、15回と16回目をやったら終了だ。やっと治療が休みになる。6月いっぱい休んでその後運が良ければ新しい治験に参加する。アバスチンよりもっと新しい分子標的薬だ。抗がん剤の効き目を増幅してくれるかもしれない。

キモの副作用から解放されるのはうれしい。週末に家族とビクトリアにでも行こうか。楽しいことがあったら何でもやろう。

(2008年5月6日投稿「More of the same」より)

抗がん剤で治療をして、しばらく休薬して、その後また化学療法。それがDerekさんの日常となりつつありました。

(次回に続く)
posted by leo at 07:23| Comment(4) | 本やブログなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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