
今週は木曜日までheat wave(熱波)の襲来で茹だるような暑さでした。ニューヨークやフィラデルフィアでは気温が38〜39℃まで上がったそうです。カナダ、オンタリオ州は少しましでしたが連日33℃というのは記録的です。(ちなみに昨年はひと夏を通じて30℃以上は2日だけでした。)ようやく気団が動いて平年並みに戻り、暑いのが苦手の私はほっとしています。
あまりにも暑いと昼間、屋外に出る気もおきませんが、基本的にカナディアンはアウトドアが大好きで、女性でも日焼け、しみ、そばかすなどをあまり気にかけていない人が多いように見えます。日光にあたるとビタミンDを生成できるので、過剰なまでに日焼けを恐れるのはどうかと思いますが、日光浴も度が過ぎるとメラノーマのリスクが上がるので、そちらの方が顔のしみよりよっぽど深刻です。
メラノーマは白人の人に多く、実は職場にもメラノーマになった人がいます。幸い早期に発見されたので再発することもなく元気で仕事をしていらっしゃいます。手術のみで再発予防の化学療法はなかったとおっしゃっていたので羨ましい話だと思いましたが、調べたらキモをしないのはキモが効きにくいタイプの癌だからのようでした。そのため転移したメラノーマは、現代医学の力では治すどころか延命することさえ難しい状態なのだそうです。
そんな進行メラノーマの治療に新薬が登場しました。(前振りが長いってつっこまないでね。)Ipilimumabという名前で、先月のASCO総会で最も話題になった薬の一つだったと記憶しています。発表されたのはフェーズ3の臨床試験で世界13カ国から約670名(ステージIII、IV、手術による切除不可能なメラノーマ)の方が参加され、Ipilimumabとペプチドワクチンの効き目を比較したものです。Ipilimumabは単剤でもワクチンと併用でも、ワクチンだけのグループより生存期間(OS)が約4ヶ月長い(10ヶ月 vs 6.4ヶ月)という結果でした。たかが4ヶ月と思う人もいるかもしれませんが、この4ヶ月は、例えばアバスチンが卵巣がんの無進行期間(PFS)を4ヶ月延ばしたのとは異なり、ささやかではあっても真の延命効果を示す重みのある数字です。しかも他には有効な治療法がない患者群に対してです。治療後1年間生存された方の比率もIpilimumabは46%、ペプチドワクチンは25%と倍近く、「(進行メラノーマ治療の)長く暗いトンネルの出口に光が見えてきた」と評されています。ただ奏効率が低い(10.9%)ので、今後は他の薬と組み合わせて奏効率を上げるのが課題だそうです。
Ipilimumabのニュースを聞いて心に浮かんだことが幾つかあります。
1.薬で免疫強化
Ipilimumabは名前から察せられる通り分子標的薬です。リンパ球の細胞傷害性T細胞の表面にあるCTLA-4という抗原をターゲットにしています。CTLA-4はキラーT細胞のブレーキ役を担っており、これを利くかなくしてキラーT細胞に思う存分暴れてもらうのが狙いです。リンパ球やら樹状細胞やらを培養、強化して体内に戻すアプローチに比べ、何やら手っ取り早そうに思えます。
免疫療法というと補完医療または実験段階の治療法のようなイメージが強いですが、化学療法の枠内でもインターロイキン(IL2)のように昔から使われている薬はあります。誰もが薬で免疫を強化できたらさぞ便利でしょうが現実はそう甘くないです。IL2の効果は限られておりメラノーマや腎細胞がんなどに細々と用いられているだけようです。
普通の殺細胞系抗がん剤が効かない種類の癌は、その埋め合わせで免疫治療の効果が出やすいでしょうか?まあそれは素人考えですが、Ipilimumabの研究がメラノーマを中心に行われているのは事実です。メラノーマ以外で有望視されているのは前立腺がん。手の施しようがないと思われていた前立腺がんが、Ipilimumabとホルモン療法の併用で手術可能なレベルまで縮小したケースが報告されています。肺がんや膵臓がんに対しても治験を行っており今後研究対象が広がるかもしれません。またIpilimumabの成功により、製薬会社の免疫療法に対する興味が高まり、柳の下のどじょうを狙って免疫を活性化する薬の開発に拍車がかかるのではと期待しています。
2.副作用が強い
分子標的薬で、しかも免疫を強くする薬なら身体に優しいのかと思ったら大間違いです。そもそも免疫はウイルスやバクテリアといった外からの侵入者を駆逐するのが主な仕事で、身内の反逆者である癌が放置されているのは自己防衛の裏返しのようなものだと思います。その留め金をIpilimumabが外してしまうので、T細胞は癌細胞だけでなく正常な組織にもダメージを与えてしまうのです。普通の抗がん剤が正常な細胞を傷つけるのとメカニズムは全く違いますが、癌だけ狙い撃ちにするのがいかに難しいかを思い知らされるようです。
一番多い副作用は下痢で、上記のフェーズ3治験では27〜31%の人に症状が表れました。ステロイドの使用でコントロール可能と言っていますが、かなり激しい下痢のようです。有害事象で亡くなられた方は14名(2%)。まあ薬の治験で死者が出るのは珍しくないのですが、他の治験と比べて犠牲者が多いなという印象を受けました。これって許容範囲なんでしょうね… リスクの無い治療法では大きな効果は望めないということなのかもしれません。複雑な心境です。
もし自分が…
癌が進行、転移していてもう助かる見込みはない。
他に有効な治療法が無い。
副作用は強めである。
奏効率は低めである。
しかし当たれば3塁打になる。
という状況にあったら新しい薬にチャレンジしたいと思うでしょうか。難しい質問ですが、多分…私はYESだと思います。
3.待っている期間
治験の結果を受け、アメリカのFDAは進行メラノーマ治療におけるIpilimumabの使用認可を迅速に下す見込みです。とはいえ政府の手続きには何ヶ月もかかります。その期間中、Ipilimumabを試すチャンス無しで患者さんが旅立って行くのを放っておくのは人道上問題があります。そこで製薬会社(Bristol-Myers Squibb)がスポンサーとなってCompassionate Use Trialという特別配慮の臨床試験を立ち上げ、その枠内で未承認のIpilimumabを使えるようにしました。臨床試験なので参加者の費用負担はない(?)と想像しますが、だとしたら本当に大盤振る舞いですね。少しは政府が払うのでしょうか?製薬会社にしたらこれも投資の一部なのかもしれませんが、どんな意図があるとしても患者にとっては喜ばしい救済措置だと言えます。
全ての新薬承認過程で同じことを期待するのはさすがに無理でしょう。特例が設けられるには、それなりの倫理的理由、医学的背景があってこそ。それを理解する必要性を強調した上で、状況に応じて対応を変える柔軟性は癌治療全体の向上に欠かせないと考えます。
それにしても、分子標的薬の一般名ってどうしてこう舌を噛みそうな、発音の難しい名前ばかりなんでしょうか。早くキャッチーな商品名をつけてほしいです。


