2009年01月03日

初耳

過去の経過がまだ途中だったので去年の話に戻ります。

2008年6月24日、ドクターSに紹介された癌専門病院へGO.
この病院は癌治療、研究ではカナダでもトップクラスという評判で名前は聞いたことがあったのですが、自分がお世話になるとは思ってもみませんでした。とほほ。

婦人科クリニックに入って待合室を見渡し最初に思ったのは
「普通の人ばっかりじゃん。」
癌専門病院だから見るからに癌の人がいっぱいいるのかとドキドキしていたのですが… よく考えたらそんな訳ないですよね。治療中の人の他、経過観察中の人もいるし、私のように癌発見直後の人もいるわけだし。そもそも癌は相当病状がすすんでこない限り見た目じゃわからないことが多いんだし。それでも癌初心者の私はなんとなくホッとしたのでした。

私の担当医となって下さったのはドクターM。綿菓子みたいなフワフワの白い髪と悪戯っぽい目をした元気のいい女医さんです。はきはきしていて自信たっぷり。北米で成功したプロフェッショナルに多いタイプです。ちょっと口が悪いのが難で、
「あなたの癌はグレード2ね。グレード2っていうのは悪い方から数えて2番目のこと。」
なんて言うのです。(卵巣がんのグレードは3段階だから良い方から数えても2番目なんですけど。)

doctor.jpg

そして、とにかく一番先に必要なのは再手術、ときっぱり。この日のアポの前に私も少し卵巣がんについて勉強して、再手術はイヤだけど仕方ないのかなと覚悟を決めてきました。卵巣がんの場合、卵巣、卵管、子宮、大網など一式を切除して組織検査した後でないとステージも決まらないのです。ただ、この日触診はしたもののCTも腫瘍マーカーもエコー検査も何もしないで、とにかく再手術と言われたのはちょっとがっかりでした。しぶしぶ承諾書にサインしながら、ずっと疑問に思っていたことを質問してみました。

「前の手術の際、卵巣のう腫って言われたんですけど、要するにのう腫が癌だったっていうことなんですか?」
「ん〜、のう腫はのう腫だったんだけど根元の部分が癌化していたっていうか。珍しいケースだったのよ…」
とちょっと歯切れが悪くなりました。この説明、その時は納得して聞いていたんですが、あとから考えるとちょっと腑に落ちないんですよね。というのは私の癌は上皮性漿液性腺がんだから、外側はともかく中身の漿液は癌とそうでない部分と分かれているとは思えないのですが。癌と見抜けなかったドクターSを庇っていたのかと考えられなくもない説明でした。

さらにドクターMは、再手術後おそらく化学治療が必要だろうとも言いました。
「抗がん剤ですか〜?」と露骨に嫌な顔になった私に
「だって、あなたの左卵巣の癌は破裂しちゃったのよ。」とショックな事実をさらっと明かす先生。
「ハ…レ…ツ…って。茎捻転したときに破裂したんですか?」
「そうじゃないの。腹腔鏡で手術している間に破裂しちゃったの。私が執刀したわけじゃないから細かい状況はわからないんだけど、破裂は手術中に起きたのよ。」

rupture.jpg

そんなことドクターSは一言も口にしませんでした。
そうだったのか、あのソワソワした態度と後ろめたそうな目つきの裏にはこういう事情があったのか… 点と線がつながるように徐々に全体像が見えてきた私でした。

posted by leo at 14:28| Comment(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

現実逃避

bay & king.jpg

4-5日暖かい日が続いたのでクリスマス前に降った雪も解けました。ランチタイムでもさすがにひっそりしているオフィス街。24日から休みをとって1月5日に仕事始めの人が多いようです。(12/25、26、1/1は祝日)退屈だと感じていたオフィス街でも、いつまで働き続けられるかわからないとなると急に愛着を感じてきます。

★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

ドクターSは別れ際に「何かあったらいつでも来なさい」とフォローを入れてましたが、そそくさと癌専門医に連絡をとる受付の女性に「元気でね〜」と見送られたとき、厄介払いされたな…と感じました。何となく不愉快でした。

健康な時どこかちょっと身体が痛かったりすると、癌だったりして…と思うことはありました。そんな経験をしたことのある人は多いでしょう。でもそういう時は決して本気ではないのです。飛行機に乗る前に落ちたらどうしよう、と考えるのと同じレベルの心配です。実際に「あなたは癌です」と告げられたらどう感じるでしょうか。私の場合まず初めは@半信半疑である、A癌を甘く見て高をくくる、の二つが主な反応でした。

組織検査のレポートを見せてもらったにもかかわらず、ふと気がつくと「カナダ人はうっかり者が多いから、私のと他の人のサンプルをごちゃまぜにしちゃったんじゃないかな〜」という、都合の良い夢物語で心を慰めている自分がいました。

そして「左の卵巣が癌だったって言っても、それはもう切除してしまったんだから大丈夫じゃないか。医者が内視鏡で見てもわからなかった程度なんだから癌と言ってもまだ初期。だったらどうして右の卵巣や子宮まで取らなくちゃならないの?取って癌が広がってなかったら取り損になっちゃう…」などという、とてつもない楽観論もなかなか捨てることができませんでした。

これって要するに『denial』の状態で、現実を拒絶しようとしていたのだと思います。今目の前にあるプランを、病気の治療のためにあきらめなければならないということが腹立たしく焦りを感じるばかりで、3年、5年先のことなど頭にも浮かびませんでした。本当にこの頃は、癌との闘いには自分の生存がかかっているということが全くわかっていませんでした。
posted by leo at 13:25| Comment(2) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月29日

ドクターSとの会話

自分が癌だと告げられた直後の私は

Betty1.jpg

というより

Betty-chan1.jpg

でありました。


腹腔鏡による左卵巣摘出手術の執刀医は婦人科のドクターSでした。手術室でお会いした際は私の意識が無く、その後入院中の回診はレジデントのお姉さんだったので、お顔を見たことはありませんでした。術後の検診は4週間後と聞いていたので6月9日に予約の電話をいれました。すると…

「あの〜leoですけど、予約を…」
「あっleoさん、捜してたのよ。明日の午前中に来てちょうだい。」
「はぁ?でも検診は4週間後だって…」
「それとこれとは別なの。そういうことで。シーユートゥモロウ。」

受付の女性はひどく慌てていました。これでは、いくら勘の鈍い私でも何か良くないことがあったとわかります。摘出された卵巣は組織検査をすると聞いていたので、思い当たるのはやはり…癌。

そして6月10日火曜日、ドクターSのクリニックへ。お話するのは初めてのドクターSは優しそうな方でしたが、なんだか落ち着きが無くうしろめたそうな表情でした。

「調子どう?」
「いいですよ。血管造影でカテーテル入れたところが激しく内出血してますが、手術した傷の方はきれいに治ってきてます。」
「ん〜そう… 実はね〜、組織検査の結果、癌だってことがわかったんだよ。」
「…」
先生が見せてくれたレポートの中のcancerousという文字が目に飛び込んできて言葉が見つかりません。

「それでね、癌だとわかった以上、もう一度手術して右の卵巣と子宮も切除しなくちゃならないんだよ。」
「え〜!!また手術!また入院ですか!」
卵巣がんに関する知識も何もなかった当時の私にとって、せっかく退院して元気になってきたのに、また手術を受けなければならないというのが理不尽なことのように感じられました。

「でも先生は腹腔鏡で私のお腹の中を見ているわけですよね。癌だってわからなかったんですか?どうして1回で全部済まなかったんですか?」
「いや〜それが、見た限りでは全然悪性には見えなかったんだよ。だから癌という結果を聞いて、僕も本当に驚いているんだ。」
ムッとした表情の私に、ドクターSは続けて
「それでね、癌の専門医に紹介状を出すから。次の手術はその方がやってくれるからね。その後の治療オプションのことも癌専門医の方がよく知ってるからね。」
と、なだめすかすように話した末、
「ところで、ご家族の中に大腸がんになった人はいる?」と質問されました。
「大腸がんはいません。母が子宮がん、叔母が卵巣がんになりましたが。」
答えながら、私は卵巣がんなのに何で大腸の話なんかしているんだろうと不審に思いましたが、ドクターSの真意は想像もつきませんでした。




posted by leo at 16:02| Comment(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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