2009年01月09日

ナースと病院食

2008年8月の再手術の最終話。

手術の傷は少しずつ癒え、心臓の様子も落ち着いてきたので8月25日(月)に退院させてもらいました。貧血のままでしたが、それはすぐ治るものでもないし、私にとっては日常生活に差し支えがないので家でゆっくりする方がいいでしょう、という(私の)判断でした。手術が20日だったので結局5泊6日の入院生活でした。お腹の傷を止めていたホッチキスを外していただき、痛み止めの処方箋をもらって家路につきました。子宮全摘の開腹手術で5泊とは入院期間が短いと思われるかもしれませんが、実は私は長く病院にいた方で、同じ手術をした他の方々は3泊か4泊で退院してました。皆さん本当に回復が早いのです。手術直後でも結構食欲があるみたいだし… あっだから回復が早いのかな?


さて手術・入院の話の締めくくりとして、2回の入院生活で気づいた日本とカナダの病院の相違点(多分)をまとめておきます。

1.ナースさん
ナースさんにはお世話になります。それはどこの国で入院しても一緒でしょう。でも具体的な仕事の進め方にはやはり違いがあります。
カナダの病院は患者ごとの担当のナースさんを作りません。それぞれの部署(例:婦人科、循環器)に配属しているナースが毎日ローテーションを組んで色々な患者を世話しています。平日は1日4シフトありシフトのたびに違う人。次の日もまたシフトのたびに違う人。という状態なので同じナースに2日続けて会ったのは週末だけでした。(週末は2シフトで土日とも同じコンビでした。)
毎回違うナースだと個々の患者の好みや体調など覚えてもらうことは不可能です。その反面担当ナースの当たり外れのない全ての患者に公平なシステムと言えなくもありません。
手術後1-2日は身体をふくための洗面器、お湯、タオルなど運んできてくれますが、拭くのは自分です。日本の看護士さんは髪まで洗ってくれるという話を聞いたことがありますが、それはカナダでは無理です。そもそもシャンプー台がありません。シャワーは各病室についてました。

2.病院食
病院食が美味という話はあまり聞きません。しかし、写真などを見る限り日本の病院の食事はそうとう美味しそうに見えます。カナダの病院食は… ハァ〜(大きなため息)。基本的には欧米の航空会社のエコノミーの機内食を、ちょっと粗末にしたものって感じですね。

meal.jpg

見かけはそう悪くないんですけど、食べてみると

・新鮮でない(サラダはしなびてるし、温野菜は冷凍物だとすぐわかる味)
・こってりしている(脂肪分は一応控えてあるが日本食より高い)
・無塩状態(減塩ではなく無塩で薄味を通りこしている)

塩に関しては徹底して避けてましたね。日本では塩の摂取は1日10g以下を目指していると聞きましたが(間違っていたらごめんなさい)、カナダでは1日2g以下が目標値です。調理をしながら軽く塩味をつけることすら止めてしまった人が沢山います。何故そこまで極端になるのか私には理解できませんが。

脂肪や砂糖に関しては逆で、取りすぎると良くないと分かっていても、やはり多少入ってないと食事にならないようです。お肉、バター、チーズ、超甘くてクリーミーなデザートなど、私の感覚では病人にはあまり適さないと思うようなものが出てきました。試しに「ポークもビーフもチキンもいやです。卵だったら食べてもいい。」と我がまま言ってみたら、次の日にゴロ〜ンとでかい卵サンドを出されました。(やっぱりオムレツなんて無理だったのね。)

結論から言いますと、きつかったです。私は特に手術後吐き気とかあったし。あっさりとしたお粥とか食べたかったですよ。身体が弱ってる時はやはり胃に優しい日本食がとても恋しくなりました。

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2009年01月07日

癌は見ただけじゃわからない…

univ ave.jpg

大学に近いこのエリアには病院が集まっています。総合病院、癌専門病院(この2つは共同運営されている姉妹病院)、別の総合病院(1回目の手術を受けた所)、小児科専門病院、リハビリテーション専門病院、の5つ施設が道の両側に並んでいます。また、二つの総合病院は地下道で結ばれています。

 
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2008年8月の再手術の第3話。

手術の翌日ドクターMから手術の結果について伺いました。組織検査の結果待ちなので、目で見た範囲内での話なのですが

右卵巣→腫瘍はなかったけど、表面に一部赤っぽく変色している箇所があり癌が疑われる
子宮→子宮筋腫ができていたがこれは良性のようだ
大網→異常なく見えたが切除した
リンパ節→骨盤内も大動脈付近も全部調べたが異常がなかったので郭清はせず
肝臓、胆嚢、横隔膜、腎臓、膀胱、大腸→全て正常

「そう悪くないじゃない」と上機嫌の私を横目で見ながら
「でも目に見えない癌は残ってるかもしれないから、キモはやった方がいいわよ。」とドクターは水を差してきます。
「考えときます〜。」と相変わらず恐れを知らぬいい加減な返事をする私。この時はステージIかも、なんて期待してぬか喜びしてたんですよね。ぐすん。

術後の経過は… 実はまた心臓の調子がいまひとつだったのです。
PCAパンプのお陰で痛みは気にならなかったのですが、手術翌日からお馴染みの吐き気と上腹部の不快感が始まりました。昼過ぎには血圧も上がり心電図にも若干乱れが。そして血液検査をすると、出てきましたよ私の友達トロポニン君(心臓発作の後数値が上昇するタンパク質)。
今度は婦人科の病室のままでしたが、やっぱり血圧と心拍数のモニターにつながれてしまいました。血管造影はもう済んでいるので、胸部のCTを撮ってもらったのですが異常は見つかりません。前回と同じパターンです。β遮断剤が出てきたのも一緒。でも私のほうは2度目なので、ナースさんが血圧を測るたびに数値を聞いて、下がってきたらすぐお薬を止めてしまいました。(勝手にやってる患者です。)

2度目の手術後にはもうひとつ問題がおきました。赤血球(ヘモグロビン)の数が落ちてしまったのです。(手術は輸血なしで行われました。)でもこれは内科の医師が大変だと騒いでいただけで、私自身は以前何度も貧血になったことがあるので全然へっちゃらだったのです。少ない赤血球でもふらつきもせず歩く練習をしている私をその目で見ているのに、医者って検査の数値の方が気になるみたいなんですよね。目は回ってないしクラクラもしてませんって10回くらい言ったのに、後日レポートを見たら「患者はめまいがしていた」って書いてあるんですよ。若いのにほんとに頑固な先生で困りました。
posted by leo at 16:53| Comment(0) | 手術(2回目) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

セルフサービスの痛み止め

2008年8月の再手術の第2話。

感傷にひたる間もなく、ナースさん達にガラガラ押されてベットごと手術室へ移動。幸か不幸か私は強度の近視なのでコンタクトやメガネ無しだと霞の中にいるようでさっぱり見えません。見えない方が怖くならないので良いのですが、ドクターM(執刀医)の顔すら判別できなかったのはちょっと恥ずかしかったです。そして、麻酔科医がおっしゃった通り全身麻酔の第一弾が点滴に混ぜられ、それが身体に入ってきた瞬間モアッと吐き気のような感覚に襲われました。
「これ、気持ち悪っ…」
を最後の言葉に深〜い眠りに落ちた私。

目が覚めるとそこは回復室でした。良かった〜、生きてた〜と安堵しながらふと見ると手元にスイッチが。このスイッチはナースコール用ではなくてPCAパンプ(ポンプ)の端末でした。

手術後の痛みの対処の仕方は日本とカナダ(北米)で異なる点のひとつだと思います。
このPCAパンプというのはスイッチを押すと適量の鎮痛薬が点滴の中に混ざって身体に入ってくるしくみになっていて、要するにセルフサービスの痛み止めなのです。どれだけ痛みを感じるかは患者によって違うし、また痛みはじめてからナースを呼ぶと待っている間痛みを我慢しなければなりませんが、この機械があれば必要なだけ待たずに痛み止めをゲットできます。まことに素晴らしいシステムです。日本でもこの機械を導入している病院はいくつかあるようですが、北米ではスタンダードとなっています。点滴が痛み止め補給の役も担っているので背中への管はありません。座薬も必要ありません。術前検診の際の説明で、PCAパンプのスイッチは「痛くなってから」ではなくて「痛くなりそう」な時に押すように言われました。一度スイッチを押すと次の5分間は作動しないようになっているので、鎮痛薬の量が多くなりすぎることもありません。

私は意識を回復した1分後くらいに「痛くなりそう」な感じがして、「今だ〜」とスイッチを押すと程なく薬が効いてまた眠りに落ちました。病室に移動した時もスヤスヤ眠っていたので覚えていません。

手術開始が10:00AM(くらい)、終了が2:00PM(らしい)で、そのまま翌朝まで目が覚めてはスイッチを押し再び眠るを数回繰り返しただけで、痛みに苦しむことは全く無いまま夜が明けました。これ誇張じゃなくて本当です。私だけではなく同室にいた他の患者さんも同じでした。手術後の夜に痛みでナースコールしたのは、痛み止めスイッチの使い方がわからなかったお婆さんひとりだけ。カナダの病院については文句を言いたい点も沢山あるんだけど、痛みへの対処の仕方に関しては見事だと思います。

pca2.jpg

あっそれから、日本の病院でよく使っているらしいドレーンというのも無かったです。だから管は腕からの点滴とお小水用のカテーテルだけでした。

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2009年01月05日

再手術へ

のろのろ書いてきましたが、ようやく2度目の手術のくだりまでたどり着きました。

私は日本で入院や手術をした経験がないので確証はないのですが、他の方の話を聞いたりブログを読んだりする限りでは、日本とカナダで多少違いがあるように思えます。

まず日本ではよく手術の前日から入院するようですが、カナダでは手術の当日2時間前にチェックインです。(空港みたいでしょ。)
その代わり術前検診というのが手術の1-2週間前にあって、私の場合は8月5日でした。
検診といってもたいしたことは調べなくて
@血圧
A血液検査(白血球や赤血球の数を調べる普通の血液検査)
B心電図
C病院内感染がなかったかどうかのチェック(5月26-30日に入院していた為)
だけでした。またもやCTも腫瘍マーカーもなし。ドクターSが内視鏡で診て気づかなかった程度の癌だし、どうせまた切るんだから必要ないってことでしょうか。合理性を重んずる文化ですからね。

それから健康状態、過去・現在の病気、アレルギー、服用中の薬など身体に関する質問が延々と繰り返される調査票みたいなのをやりました。
(病気→癌になるまで健康そのもの、アレルギー→無し、薬→嫌いだから飲みません)

麻酔科の先生にもお会いしました。ちょっと気難しそうな方で、「全身麻酔はどうやって始めるんですか?注射ですか?」と聞いてみたら「点滴から」と一言。ニコリともしないんですが頼りにはなりそうな方でした。

さらに私の場合、前回の手術の際に心臓の調子が悪くなったので循環器の先生(前とは違う人)とも面談がありました。心血管攣縮という診断を確認して、結局特に何の予防策もとらず手術を決行することになりました。以前も書きましたが、血管攣縮による心臓発作というのはカナダではあまり例が無いらしく、医師も怪訝そうに首をかしげるばかり。多少不安は残りましたが、私の方ももうどうにでもなれという心境だったので何も言いませんでした。

手術前日は自宅で絶食。飲み物はclear fluid(透明な液体)のみ可。具体的にはリンゴジュース、ジンジャーエールなど粒々の入っていないジュース類、お茶やコーヒー(ブラック)、何も入っていないチキンスープなどのことです。夜12時以降はそれも禁止で、どうしても喉がかわいたら水を含んで口を湿らせる程度。
そのかわりと言ってはなんですが、下剤や浣腸で腸内を空っぽにする必要はありませんでした。あ〜良かった〜。

入院の身支度は無いも同然。歯ブラシ、洗顔剤、シャンプーなど最低限必要なものだけ。パジャマは病院のガウンがあるから持っていきませんでした。貴重品の持ち込みは止められているので、たいくつしのぎにはペーパーバックの本を持参しました。

さて8月20日、朝8時に手術を受ける人専用受付にチェックイン。病院のガウンに着替えて(下着もなしですよ)待合エリアに置かれたベットに横になります。レジデントやナースが次々にやってきて点滴の準備をしたり、血液凝固を防ぐ薬を注射したり、結構忙しくて不安になる暇もありませんでした。日本で話に聞いたことのある手術前の剃毛はありませんでした。これまたラッキ〜。
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posted by leo at 17:05| Comment(0) | 手術(2回目) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

母の話

2度目の手術は2008年8月20日(水)に決まりました。
6月24日にドクターMと会ってから約2ヶ月。左卵巣の癌発見からは2ヶ月半以上後の再手術です。日本の感覚では「待たせすぎ」と思われるかもしれません。しかも最初の腹腔鏡手術中に癌の破損がおこり癌細胞がお腹中に飛び散ってしまったのが分かっていて、それでもこれだけ待たせるんなんて…ハァ〜。
でもカナダっていう国では(アメリカやヨーロッパでもそうかもしれませんが)夏場はでどこでも仕事のペースが遅いのです。(バケーションシーズン→スタッフ不足) しかも大学が9月始まり6月卒業なので、7月はレジデント(研修医)の入れ替わりの時期。病院にあふれる新米レジデントのせいで7月は医療ミスの数が他の月より多いため、余程緊急でない限り手術は受けない方が得策というニュースも聞きました。
という事情から、私もあまりキリキリせず短い夏を楽しみ、のんびり体調を整えながら待つことにしました。

2度目の手術は開腹手術なので術後の痛みなど正直不安感はありました。ドクターMによると入院期間は2-3日なのだそうですが、あまりの短さにさばを読んでるのかな〜、なんてちょっと疑っちゃったりして。仕事が暇な時はネットで公式の医療情報や個人の体験談など読みあさり、また回りの人にも聞いて見ることにしました。同僚の一人が良性子宮筋腫で卵巣を含めた全摘手術を受けたことがあるのでどうだったか尋ねると、入院は3日間だけであとは自宅療養だったとのこと。傷はしばらく痛かったわよ〜というだけであまり根掘り葉掘り聞くわけにもいきません。

実は身近にもう一人子宮全摘の経験者がいまして。
それは私の母。母は30年以上前に子宮頸ガンに罹り、手術と放射線治療で蘇ったサバイバー。私は当時10歳くらいで母の病気の深刻さについて理解できませんでした。癌だという事実は家庭内でオープンだったので知っていましたが、死ぬ可能性もあるという点が想像の域を超えていたのです。よく覚えているのは、ある日呼ばれて母と二人だけで話をしたこと。病気で入院、手術しなければならないからしばらく家には戻れない、という内容の話だったと思います。私の方はふ〜んという頼りない反応でしたが、今考えると母はあの時自分の身体のことだけでなく、私や兄の将来についてもさぞ心配だったろうと切なくなります。

父と母には卵巣の茎捻転と腹腔鏡手術の報告はしましたが、癌が発見されたことはまだ秘密でした。電話をして疑われないようにさりげなく話をふると、年をとってからおしゃべりになった母は30年以上前の手術の話をこと細かくしてくれました。参考になりました。でも胸も痛みました。とりあえず2度目の手術を受け、その結果次第で父母に告知するかどうか決めようと思いました。


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ところでこちらの方も、理由は全然違いますが、子宮及び卵巣摘出の開腹手術を経験されています。

Olive3.jpg

そうだね。こんな小さい身体でもがんばったんだもんね。勇気付けてくれてありがと。


posted by leo at 17:16| Comment(0) | 手術(2回目) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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