2010年10月02日

ティールリボンあれこれ

過去形になってしまいましたが、9月はアメリカ、カナダで「卵巣がん認識月間(Ovarian Cancer Awareness Month)」でした。と言っても10月のピンクリボンとは比べ物にならないほど小規模で、正直なところ卵巣がんになった私ですら忘れていました。しかし地味ながらも有志の方々が各地で様々なイベントを催して下さり、大変ありがたく思っています。

teal walk.jpg

一番多いのはマラソン、ウォーカソンの類です。写真はOvarian Cancer Canada主催の「Walk of Hope」。カナダでは何故かバグパイプのおじさんが必ず行進の先頭に立ちます。

teal light.jpg

摩天楼を誇るシカゴでは、National Ovarian Cancer Coalitionが「Light the Town Teal」を企画し、ウィリスタワー(旧名シアーズ)、トランプタワー他、20の 高層オフィスビルからティールのライトが夜空を照らしました。

teal cake.jpg

ティールリボンつきの可愛いカップケーキ「Teal Velvet」を作ってくれたのはワシントンDCのベーカリーGeorgetown Cupcake。9月限定販売で、売り上げは100%Ovarian Cancer National Allianceに寄付されました。

Ovarian Cancer CanadaNational Ovarian Cancer CoalitionOvarian Cancer National Allianceは、どれも卵巣がんのサポート団体で、社会全体における卵巣がんの認識を向上し早期発見を訴えたり、卵巣がん研究予算の増加を国や関係機関に要請したり、研究資金の寄付を募ったりするのが主な活動内容です。)

Ovarian Cancer National Allianceの創立者の一人であるSusan Lowell Butlerさんは、ご自身も卵巣がんを患っています。9月のティールリボン期間に合わせ、NCI(米国立がん研究所)がButlerさんのインタビューをYouTubeで公開しました。



(埋め込み画像が見れない方はこちらを試して下さい→リンク

Butlerさんが卵巣がんステージIIICと乳がんステージII、という同時多発の癌攻撃に見舞われたのは52歳の時のことでした。近親者には卵巣がんになった人も乳がんになった人もおらず、青天の霹靂だったそうです。

まず卵巣がんの切除手術を受け、術後のキモセラピーは標準治療ではなく臨床試験に参加しました。治験で試されていたのはシスプラチン+サイクロフォスファマイド+パクリタキセルという組み合わせを、通常より高い用量で投与するレジメンでした。激しい骨髄抑制が予想される治療のため、AHPCS(autologous hematopoietic progenitor-cell support)という造血促進剤が初めから併用されました。当然のことながら副作用は非常に強く、49名の参加者のうち多臓器不全で亡くなったかたが一人、重症が一人という正に命を賭けた臨床試験でした。Butlerさんは6サイクルをどうにか乗り切り2度目の開腹手術。目に見える癌は残っていなかったにもかかわらず、更にダメ押しでもう2サイクル(計8サイクルの高用量化学療法)。その後、乳がん治療のために乳房全摘出手術と放射線療法を受け、仕上げにタモキシフェンを5年間服用しました。文字通り壮絶な治療生活だったと思います。

Butlerさんが二重の癌診断を下されたのは1995年のことです。そして治療終了後は完全寛解となり13年間もキャンサーフリーでした。2年前、大腸内視鏡検査で再発した卵巣がんが発見され、以来再発治療を受けています。

Butlerさんは、ご自身の体験を通じて卵巣がん治療の昔と今について次のように語っています。

1.臨床試験の重要性
特に予後が厳しい病状であれば、思い切って治験に参加することで長期生存のチャンスを掴む可能性があります。Butlerさんは、13年間の寛解は実験的に行われた高用量レジメンのおかげだと感じていらっしゃるようです。(ちなみにこの3種抗がん剤レジメンは、有害事象のリスクが高すぎたせいか、治験の枠外では用いられることもなく自然消滅状態です。)

2.QOLの向上
進行、転移、再発した癌が不治なのは(稀に例外があるにしても)、残念ながら昔も今も変わりません。しかし現在はよく効く制吐剤が開発され、化学治療中のQOLが保たれるようになってきました。従業員12名を抱える事業主であるButlerさんは、再発治療を受けながらフルタイムで仕事を続けています。病気と共生していく上で治療の副作用緩和は重要事項です。その点においては確実に進歩しています。欧米ではシスプラチンでさえ外来で点滴しており、白血病など一部の病気を除けば、日帰りキモセラピーは当たり前の状況です。キャリアと両立させている人も珍しくありません。

3.分子標的剤への期待
他の癌では既に標準治療の一部として活躍している分子標的剤ですが、卵巣がん治療に於いても研究がやっと本格化してきました。それに伴い将来は治療が個別化していくことも期待されています。テーラーメイドと言うのは誇張だと思いますが、例えばHER2陽性乳がんのハーセプチンとか、EGFR遺伝子変異のある非小細胞肺がんのタルセバとか、その程度の個別化でも全くの十把一からげ状態より望ましいのは間違いありません。誰に効くかが絞り込めれば費用の面でも無駄な出費を抑えることができ、保険制度も助かるでしょう。自分の腫瘍にピッタリの分子標的剤を見つけること、それがButlerさんの一番の希望です。

何だか纏まりがつかなくなりましたが、「癌との闘い」というのは個人と社会の両方のレベルに存在するのだと思います。患者一人一人は、手術を受けたり抗がん剤を試したり、QOLと延命を量りにかけて悩んだり… 自分のことだけで精一杯という人も多いはずです。社会全体としての、将来癌の犠牲になる人を減らすための取り組みに目を向ける余裕がない人もいるかもしれません。しかし癌になっても社会の一員であることに変わりは無く、やはり次世代の為に出来る事をするのは生きる張り合いとなります。癌の認識運動というのは、運悪く病気になった人とそうでない人の架け橋のようなものなのかもしれません。


(追記)
Susan Lowell Butlerさんは2010年12月18日、15年の闘いを終え旅立たれました。ご冥福をお祈りいたします。
posted by leo at 16:52| Comment(6) | 卵巣がんニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

アバスチンと乳がん

equinox.jpg

秋分の日を過ぎめっきり日が短くなり気温も下がりました。短かったカナダの夏を懐かしく思い出しながら秋本番へとまっしぐらの日々です。夏の間はがんの研究も夏休み…なのかどうかは知りませんが、新しい薬や治療法のニュースを久しく耳にしていないような気がします。唯一興味をそそられたのは、乳がん治療におけるアバスチンの旗色が悪くなり、米国FDA(食品医薬品局)から使用認可を取り消されるかもしれない、という何ともパッとしない話題くらいでした。

アバスチンと言えば卵巣がん患者にとっても今後が気になる薬ですが、乳がんに対する有効性問題が、卵巣がんへの適応の是非を判断する際に直接影響を及ぼすとは思えません。がんは200種類以上あると言われ(数はうろ覚えですが)、治療法も効く薬も微妙に異なります。従って、隣のAさん(違う癌)が使っている薬だから私も使いたいという理屈は通らないようです。それぞれの種類の癌について効果があるかどうか、効果があるのは進行している場合なのか、初期治療なのか、再発用なのか等、細かくシチュエーションを分けて臨床試験を実施し、その結果で個別に認可が下りたり下りなかったりします。逆に言えば、Aさんの癌に効かない薬でも自分の癌に効くことが統計的に証明されれば、いずれは使えるようになります。

乳がんの話に戻り、どうしてアバスチンの使用が黄色信号になったかと言うと、要するに「効き目が今ひとつ」だからのようです。

米国でアバスチンの乳がんへの使用が迅速承認されたのは2008年2月のことです。HER2陰性で進行、局所転移した乳がん治療のファーストラインとしてパクリタキセルと併用することにより、PFS(無進行期間)を著しく延長するという治験結果に基づく決定でした。E2100と呼ばれるこの治験には約700名の方が参加され、PFSはタキ単剤:5.8ヶ月、タキ+アバ併用:11.3ヶ月。奏効率は単剤:22.2%、併用:49.8% 、とアバスチン(10mg/kg)を加えることで効果がほぼ倍増。アバスチンの力を知らしめるような見事な数字でした。しかし治験結果にOS(全生存期間)のデータは含まれておらず、FDAは製薬会社に対して薬効を証明する追加資料を後日提出することを要請し、迅速承認の条件としました。

アバスチンの乳がんへの有効性は、更に2つの治験(どちらもHER2陰性、進行乳がん対象)に於いて検証されました。一つ目はAVADOと呼ばれるトライアルで、ドセタキセル単剤とアバスチンとの併用とで効果を比較しました。併用グループはアバスチン低量(7.5mg/kg)と高量(15mg/kg)の2つ作り、三つ巴で競わせました。結果は、PFSがドセタキセル単剤(+プラセボ):8ヶ月、アバスチン低との併用:8.7ヶ月、アバスチン高との併用:8.8ヶ月でした。それぞれの奏効率は44%、55%、63%、とE2100の結果と食い違ってはいないものの、リードの幅がかなり縮まってしまったのは素人目にも明らかです。もう一つはRIBBON-1と呼ばれ、タキサン系以外の抗がん剤と組み合わせて相性を見るトライアルでした。@ゼローダのみ(+プラセボ)、Aゼローダ+アバスチン、Bタキサン系もしくはアントラサイクリン系(CA、FECなど)の抗がん剤のみ(+プラセボ)、Cタキ/アントラ+アバスチンとグループ分けされました。ゼローダについては、アバスチンを加えることでPFSが6.2ヶ月から9.8ヶ月にアップ。タキ/アントラはPFSが8.3ヶ月が10.7ヶ月にアップ。奏効率は、どの抗がん剤でもアバスチンを併用したグループの方がプラセボのグループより12〜13%くらい高いという結果でした。

PFSと奏効率だけ見れば、程度の違いはあれ3つの治験共アバスチンの効果を示しています。ところが決定打となる筈の生存期間は、いずれの治験でも有意な差が出ませんでした。また、3つも似たような治験をやったのに、参加者のQOLに関する詳しいデータが欠けています。アバスチンには殺細胞系の抗がん剤のように過半数の患者が不快に感じるような副作用はありませんが、稀に重篤な副作用が起こることが知られています。つまり、PFSや奏効率は上がったものの、延命効果に乏しく、QOLが改善したという証拠も無く、有害事象のリスクは増加したわけです。しかもPFSの延長は2008年の迅速承認時のデータほど大幅ではなく、臨床上本当に意味があるのかどうか解釈が微妙な状況となってしまいました。FDAの諮問委員会は、これらの情報を考慮した上で決を取り、12対1でアバスチンの乳がんへの使用認可の取り消しを推奨したのです。

この件に関しては患者の側も医師の側も意見が分かれています。諮問委員会に患者代表として参加したNatalie Compagni Portisさんは、患者に希望を与えることは重要だが「確証のない希望を差し出すのは無責任」と発言されたそうです。一方FDAにはアバスチンの認可継続を求める6500人の署名が送られました。米国の乳がんサポート団体の中でも、Susan G. Komen For the Cureはアバスチンの認可取り消しに反対、National Breast Cancer Coalitionは賛成(迅速承認されたのが間違いだったという見方)という立場を取っています。臨床現場でアバスチンを乳がん治療に積極使用している腫瘍内科医は、当然ながら選択肢を減らしたくないという意見が多いようです。少数であってもアバスチンが威力を発揮して、何年も癌の動きを封じ込めている症例が存在すると主張しています。しかし他の種類の癌、例えば肺がんなどを治療している腫瘍内科医からは、肺がんの治療薬は生存期間の延長が証明されない限り認可されない実情と比較し、薬の承認基準が癌の種類によって異なるのは如何なものかと疑問を投げかける声が上がっています。

認可取り消しか否かの結論は9月17日に下される予定でしたが、3ヶ月延長され12月17日がデッドラインとなりました。この3ヶ月について、製薬会社側の説明によると、AVADO、RIBBON-1の結果を基に、パクリタキセル以外の抗がん剤との併用にも適応されるよう追加申請を提出してあるので、その審査期間ということです。しかし諮問機関の推奨はとっくに出ているのにFDAが何故決定を先送りしているのか、本当の理由について様々な憶測が飛んでいます。実は米国では11月に中間選挙があるので、今アバスチンの乳がんへの認可を取り消したら、オバマ大統領のヘルスケア改革に反対する保守派によるオバマ叩きの材料になりかねません。8人に1人の女性が乳がんになるアメリカで、乳がん有権者を選挙前に刺激するようなことは避けたい、という意図があってもおかしくないと思います。

さて、乳がんのアバスチン論争は卵巣がんには直接関係ないと書きましたが、間接的には気になる問題もあります。その筆頭は「PFS(無進行期間)は延ばすがOS(全生存期間)の延長には貢献しない」という、アバスチンの七不思議が卵巣がんにも当てはまる可能性が十分あることです。この弱点に関しては、現在アバスチンを使っている卵巣がん患者の間でも口コミのレベルで広がっています。アバスチン後の癌はアバスチン前より凶暴性を増し猛威を振るう。アバスチンを止めると堰を切ったように血管が新生され癌が強大化する。など仮説の域を出ませんが、不安感を抱く人もチラホラ現れました。大腸がんや非小細胞肺がんの治療に於いてはPFSもOSも延長されているのに、何故同じことが乳がん(や卵巣がん)に起きないのか、研究者も首をかしげているそうです。癌の種類が変わると薬効が異なるとはこの事なのでしょうか。

さらに、もしFDAが生存期間が延長されないことを理由にアバスチンの乳がんへの使用認可を取り消したら、将来他の薬の承認審査が厳しくなることも有り得ます。2006年にジェムザールが卵巣がんに対して承認された際は、PFSの延長だけが根拠だったため(OSは変わらず)諮問委員会から大反対された経緯があります。次はそう甘くないかもしれません。もっとも僅かな効き目のために高額な薬を次々と承認するのも考え物ですが… 使える薬が増えるほど長く生きられるという定説が、単なる神話なのか、真実なのか、よくわからなくなってきました。

情報ソース:NCI Cancer Bulletin(7月27日付)Medscape Medical News(7月21日付)Medscape Medical News(9月18日付)
個々の治験については本文中にリンクが付いています。
posted by leo at 17:35| Comment(0) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

統合するのは何のため

herbs and pills.jpg

統合医療というコンセプトが癌治療の分野に登場してもう大分経ちます。アメリカやカナダの大きな癌センターでは、程度の違いはあれ統合医療を取り入れている所が増えてきました。しかし統合医療という言葉のみが一人歩きして、その意図や具体的なアプローチについては、まだよく知られていない、或いは誤解されていることも多いように感じます。そうした疑問に答えてくれたのがSociety for Integrative Oncology(SIO/統合腫瘍学協会)のガイドラインでした。このガイドラインは、MDアンダーソン、スローンケタリング、UCSFのドクターをはじめ、各分野の専門家の共同作業により作成されており、北米に於ける統合医療の現状を理解する上で信頼の置けるソースです。

(前置き:以下の内容は癌治療に関連した統合医療に限っています。糖尿病、循環器系疾患、アレルギーなど他の分野の状況と混同されないようお願いします。)

まず、ガイドラインの中で明確にされているのはAlternative Medicine(代替医療)とComplementary Medicine(補完医療)の違いです。この2つは名称だけでなく中身も異なるのです。

代替医療は「西洋の標準的な医療の代わり」に用いられる治療方法で、その効果については科学的に証明されていないどころか、科学的根拠が全く無かったり、科学的に否定されていたりします。一方、補完医療は西洋医学の枠にはまらず、手術や投薬以外のアプローチを用いながらも、ある程度は効果が確認されている療法を指します。補完医療は現代西洋医療との併用により、副作用や精神的ストレスの軽減などを通じてQOLの向上に貢献します。

平たく言うと、正統派の西洋医学に属さない治療方法を、標準治療と相容れないもの(取って代わろうとするもの)と、標準治療を脇役として補うもの(足を引っ張らないもの)に分けて後者のみを統合しようというのが、アメリカ、カナダにおける統合医療の実情なのです。もっと砕けた言い方をすると前者は不審者、後者は子分の扱いです。

さて、統計によると癌患者の過半数は何らかの補完・代替療法を試しているそうです。ガイドラインはその理由を次のように分析しています。
●西洋医療の医師や病院(態度やシステム)に対する苛立ちや副作用への恐怖感。
●患者が受動的な立場におかれる標準治療に比べ、補完・代替療法は「自分で自分の健康の為に何かしている」という張り合いを感じる。
●代替療法は治癒に対して肯定的で希望を与えてくれる。
●周囲の人間の勧め。
●奇跡への期待。
さすがに的を得てますね。癌患者が補完・代替療法に興味を示す傾向は世界共通だそうです。

ガイドラインで取り上げられている補完療法はヨガ、太極拳、マッサージ、鍼など沢山あります。こうした療法はエビデンスに乏しいと言われていますが全く無い訳でもないようです。ガイドラインの作成者は、過去の研究結果を丹念に、科学的に検証した上で、統合の仕方について奨励点を纏めています。(対象は癌の臨床医です。)

@基本的な取り組みについては、医師は面談の際、補完・代替療法を行っているかどうかを患者に質問するべき。また、患者が補完療法を正しく理解し現実的な期待を持つよう、各療法の長所と短所について、専門的知識を有する者から指導を受ける場を設けることが勧められています。

A不安感、動揺、慢性的な痛みを軽減しQOLの向上に役立つとして勧められているのは、心と身体系の療法(ヨガ、太極拳、瞑想、リラクゼーション等)、及びグループサポート、自己表現系の療法、(心理学者による)認知行動療法、認知行動ストレス管理法です。

Bマッサージ系療法(マッサージ、指圧、リフレクソロジー、アロマセラピーなど)も、不安感や痛みの軽減目的で用いられるならOKだそうです。アロマセラピーなんてスパみたいですが、欧米では補完療法として人気なんですよ。

Cエネルギー系の療法(気功、レイキなど)は安全と見なされており、ストレスを減らしQOLの向上に役立つことも(時には)有るとされています。しかし、痛みや疲労感といった症状の軽減効果についてはエビデンスに欠けると指摘されています。

D補完療法の中で常に評価の高い鍼治療は、痛みや化学療法による吐き気、放射線治療による口腔乾燥症を緩和する為に、補完的に用いることが勧められています。エビデンス不足ながらも、場合によっては可なのがホットフラッシュ、癌による呼吸困難や疲労感、抗がん剤による神経障害などの緩和、及び禁煙の補助だそうです。

E基礎となる健康の促進にプラスになるとして勧められているのが、運動とバランスの取れた正しい食生活です。(当たり前ですよね。)特定の食事療法については触れられておらず、食生活についての相談相手は栄養士を勧めています。

Fガイドラインの中で最も問題視されているのはサプリメントの使用です。アメリカやカナダで多用されているビタミンやミネラル剤については、それらに頼りすぎず、必要な栄養素は食事から摂るよう勧めています。これも当たり前に聞こえるでしょうが、とにかく野菜嫌いの人が多く子供でもビタミン剤を飲む土地柄なので、改善の余地が大ありなのです。

Gそれから「現時点では癌予防効果の認められるサプリメントは無い」と明言しています。

Hさらに、患者のサプリメント使用状況について、医師は治療開始前に把握すべきとしています。植物系のサプリメント(漢方含む)や高ドーズのビタミン、ミネラル剤は、副作用および治療薬との相互作用がないかの判断を要します。マイナスの相互作用を起こしそうなサプリメントは、化学治療、放射線治療、免疫治療中は避けるよう指導しなければなりません。栄養補助としてではなく、抗腫瘍効果を期待してサプリメントの使用を望む患者には、専門的知識を有する者と相談するよう計らい、現実的に期待できる効果、恩恵やリスクについて正しい情報を与えるよう努めよ、と勧めています。

医師が好む好まぬに係わらず、患者は代替・補完医療に興味を持つ。であれば、その点についても積極的に話し合い、患者の自主性を尊重しながら害にならない療法へ導く、というのが統合医療に於ける医師の姿勢のようです。そして様々な療法の良し悪しは、やはりエビデンスで判断しています。(苦笑)西洋医療はどこまで行っても西洋医療。西洋医療以外の療法の評価も西洋医療の視点から行います。

ところで、ご存知の方も多いと思いますが、補完・代替医療のガイドブックは日本にもあります。こちらは患者向けで大変良く出来ています。特に「補完代替医療を利用する前に確認すべきこと」という章は、実用的で利用価値大だと思います。ただアメリカのガイドラインとの相違点も明らかです。例えば、日本版では「補完医療と代替医療は区別されていない」と記されています。(情報が古いせいかしら?)上記の通り、現在アメリカ、カナダ、イギリスなどの国では補完と代替はしっかり区別されています。一般人のレベルでは混同する人もいるでしょうが、医師は違いを理解しています。もう一つ気になったのは、日本版の資料によると、日本では「がんの進行抑制」の為に代替医療を利用している人が67.1%、「治療」が目的の人が44.5%もいるそうです。西洋の医師が聞いたらキゼツしそうな数字ですが、日本のガイドブックでは淡々と、あたかも国民性の違いか何かのように記述してありました。日本は西洋医学が主流とは言え、漢方薬が通常医療の一部となっていることもあり、伝統的に代替医療に対して肯定的なのかもしれませんね。それが良いことなのか悪いことなのかは、私には何とも言えません。

尚、北米版のガイドラインの内容について賛同しかねるという方もいらっしゃるかもしれませんが、コメント欄で長々と反論を繰り広げるのはご遠慮下さい。私の意図は、アメリカやカナダの状況はこうなんですよ〜という情報提供であり、特定の代替療法を信じて実行していらっしゃる方を否定する気はさらさらありませんので、どうかお気を悪くなさらないで下さいね。

Society for Integrative Oncologyのガイドラインのダウンロードはこちらから。
日本補完代替医療学会のガイドブックのダウンロードはこちらから。
posted by leo at 16:51| Comment(0) | 食生活/補完・代替医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月10日

思春期の悩み

girl.jpg

子宮頸がん予防のためのHPVワクチンが登場したのは4年ほど前のことです。ワクチン適用の年齢枠から大きく外れている上、娘や姪もいないので深く考えたことはありませんでした。ただ、母が昔子宮頸がんになったことと自分が卵巣がんになったことから、予防ワクチンは朗報と単純に解釈していました。しかし年頃の女の子を持つ親御さんの心境はもっと複雑のようです。

ご存知の通り、子宮頸がんの原因となっているのはヒトパピローマウイルス(HPV)です。ヒトパピローマウイルスは100種類以上もあり感染は身体の表面で起こります。その内の約40%は粘膜におおわれた部分(口、生殖器、排泄器など)、残りは手足の表面などで感染を起こし、後者は感染しても単なるイボが出来るだけで全く心配する必要はありません。粘膜部分で感染するウイルス群はさらに発ガンに関与するハイリスクと害の無いローリスクに分けられ、ハイリスクのHPVは15種類くらいと言われています。最も代表的なハイリスクHPVが16型と18型で、子宮頸がんの3分の2はこの2つのタイプに起因しているそうです。

現在市販されているHPVワクチンは2種類(GardasilとCervarix)あり、国によってどちらか片方または両方とも認可されています。いずれもHPV16型と18型をターゲットにしており、Gardasilの方は6型と11型という2種類のローリスクHPVにも効き目があります。ワクチンの目的は子宮頸がんになるリスクの大幅な軽減であり、リスクがゼロになると誤解しないことが大切です。ワクチン導入後もPAP検診の必要性は変わりません。

HPVワクチンの是非を考える上で最も重要なのはワクチンの有効性です。ワクチンが16型と18型に対して抗体を作り、それが5年以上持続することはほぼ間違いないようです。しかし未だ不明な点もあります。ワクチン接種から10年後、20年後も効果が持続するのか。それともブースター(弱体化した獲得免疫を増幅するワクチン)が必要になるのか。治験参加者の長期経過観察は今も続いています。もっとも、ブースターが必要とわかれば製薬会社は大喜びで作るでしょうから(苦笑)、現時点でワクチンを接種される方は、将来追加の注射もあり得ると心に留めておくだけで十分のような気がします。判明するまで接種を控えていたら、待っている間に16型、18型に感染してワクチンの効かない身体になりかねません。

より根本的な疑問は、HPVワクチンが本当に子宮頸がんを減らすのかということです。「子宮頸がんの原因の70%はHPV16型と18型である→ワクチンを接種すれば16型と18型に免疫が出来る→子宮頸がんの70%は予防できる」という理論上の図式が現実にどの程度当てはまるのでしょうか。通常、HPV感染から組織の異形成、そして癌へと進行するのには年月を要します。ですから十分な年月が経つまでは、ワクチン接種と子宮頸がん罹患率との関係について正確な情報は得られないようです。ただ全くデータが無いという訳ではありません。例えば、HPVワクチンの臨床試験2件(1つは対象者が16〜24歳、もう1つは15〜26歳)の結果を用いて、異形成の発生率を比較分析した方がいらっしゃいます。その研究によると、3年間のフォローアップでHPVワクチンの接種を受けたグループはプラセボ・グループより、子宮頸がんの前がん病変が17〜20%少かったことがわかりました。病変の減少が期待されたほど大きくなかった理由として、16型、18型以外のハイリスクHPVによる病変の存在、及び治験参加者の年齢層が高く、既に16型、18型に感染している人が多数混ざっていたことが挙げられています。ワクチン接種はHPV16型、18型に感染する前、即ち性体験を持つ前に行うのが最も効果的なのは確かなようです。

そこで何歳の女の子なら初体験前なのかというデリケートな問題が浮上してきます。またHPVワクチンは他のワクチンと比べてお値段が高いので(375ドル)、費用を誰が負担するかと言う世知辛い問題も避けられません。これらの点に関するしては各国、地域で様々な結論に至っており興味深いです。例えば私の住んでいるカナダのオンタリオ州では、グレード8(13歳)の女子が校内のクリニックで接種を受ければ無料。それ以外の年齢(9歳以上26歳以下)の場合は自費となっています。お隣のケベック州では9〜17歳の女子は全て無料で接種を受けることができ、9歳の84%は既に接種済みと報告されています。

他の欧米諸国の状況は以下の通りです。
アメリカ 11〜12歳、保険の適用は個々のポリシーによる
イギリス 12〜13歳、無料校内集団接種 
フランス 14歳、費用の35%を自己負担
ドイツ 12〜17歳、無料
オーストラリア 主に12〜13歳、無料

娘にHPVワクチンを接種させるということは、その子の性の目覚めが近づいているという事実を親に認識させます。物事に開放的な西洋でも親心と言うのは基本的に同じ。寂しくもあり心配でもあり、戸惑いを感じる親御さんもいらっしゃいます。また保守系キリスト教の人達(大勢いる)は、貞節を重んじ性的関係を結ぶのは結婚相手のみ、という現実とは幾分かけ離れた理想を掲げているので、HPVワクチンがティーンエイジャーの奔放さを助長するのでは、と不信感を顕わにしています。

伝統的価値観とは別にワクチンの安全性について心配する声も聞きます。HPVワクチンに限らず医薬品というのは100%安全を保障することはできません。有害事象の発生する度合いや内容が許容範囲内であるか、リスクとメリットを量りにかけてどちらに傾くか等、じっくり考えて判断するしかないと思います。アメリカのCDC(Centers for Disease Control)によると、2010年5月31日までにGardasilの接種を受けたのは2,950万人。16,140件の有害事象が報告されています。これは0.056%に当たります。しかも報告された有害事象の92%は軽症(注射をした箇所の腫れや痛み、眩暈、頭痛、吐き気、発熱)でした。29件の死亡例も確認されましたが、死因を調べたところ既往症(糖尿病、心臓疾患、感染症、麻薬中毒など)のあるケースが大半を占めました。イギリスでもワクチン接種直後に亡くなった女の子がいて一時期大騒ぎになりましたが、死後解剖の結果なんと肺と心臓に大きな悪性腫瘍があったことがわかり一件落着しました。これらの数字を見る限りHPVワクチンの危険性がとりたてて高いという印象は受けません。

人間の心理とはおかしなもので、一度がんと診断されたら大きな副作用があることを承知で治療を受けます。CTひとつ撮るにも、放射線被爆はもとより造影剤へのアレルギー・ショックのリスクも受け入れざるを得ません。「稀な有害事象としてアナフィラキシーが起こることがあり、亡くなった人もいます」という説明をご丁寧に毎回聞かされます。子宮頸がんはPAP検査で早期発見すれば完治することの多い病気です。それでも「異形成の疑いがあります」と告げられた女性がどんなに不安な気持ちになるか、想像に難くありません。円錐切除手術も、開腹手術ほどではないにしろ身体に負担がかかります。そういう辛い経験をする女性の数を多少なりとも減らせることを考えると、HPVワクチンの意義は十分あるように思えるのですが、どうでしょうか。

ところでHPVワクチンを接種すると不妊症になるという説があるようですが、これは間違いなくデマです。デマの根拠はワクチンが微量のポリソルベート80を含んでいるからのようです。ポリソルベート80は化粧品の原料として用いられるだけでなく、乳化剤として食品添加物としても認可されています。ワクチンに含まれているよりずっと多い量が食べ物(アイスクリーム、ソース類、マヨネーズ、ケチャップ、漬物etc)として体内に入ってきて、それでも異常は起きません。不妊の原因となるには、毎日1キロ以上のポリソルベート80を摂取し続けなければならず、どう考えても不可能かと思います。

主なソース:American Cancer Society (HPV Vaccines FAQ)、New England Journal of Medicine (HVC Vaccination - More Answers, More Questions)、Centers for Disease Control and Prevention (Vaccine Safety)
posted by leo at 17:15| Comment(0) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

ステージIV宣言

俳優のマイケル・ダグラスさんが癌になったというニュースは日本でも報道されたと思います。一昨日、ダグラスさんは「Late Show with David Letterman」 というテレビ番組に出演し、癌が見つかった経緯や現在の治療について自ら語りました。David Letterman Showは、毎日違うセレブリティがゲスト出演し司会のレターマン氏と楽しくお喋りする趣向で、視聴率の高い人気番組です。今月公開される新作映画「Wall Street: Money Never Sleeps」のプロモーションの為の出演だったようですが、癌であることがつい最近判明したばかりなので、病気絡みの話題が大部分を占めました。



(埋め込みが機能していない場合はこのリンクをお使い下さい。)

ダグラスさんの癌はステージIVだそうです。ユーモアを交えて実にサラッと告白されました。癌のステージの話をした後に、「喉の癌があるようには(声が)聞こえませんね」と言われて、「だってステージの上だもの」とジョークで返すほどの余裕を見せました。大スターの貫禄十分なだけでなく、かなり精神的に強い方という印象を受けました。また、ステージIVでありながらも「治る確率は80%」と力強い発言をされました。

ダグラスさんの癌は喉の癌です。具体的な病名は明かにされていませんが、腫瘍の位置が舌の付け根部分らしいことから、咽頭がんである可能性が高いと医療情報サイトでは分析しています。治る確率に関しては、咽頭がんはステージIVがA、B、Cと3段階に分かれており、ステージIV-Aであれば、担当医が80%と判断してもおかしくない、という専門家の見方を紹介しています。この80%が、治療が奏効する確率なのか、完全寛解する確率なのか、5年生存率なのか…それははっきりしません。ただそういう細かい点は、治療を開始したばかりのダグラスさんにとって重要ではないのだと思います。

この人は頭の良い方だと感じたのは、ダグラスさんがステージIVというマイナス面にはあまりこだわらないようにしている姿勢です。担当医から、首から上の癌は首より下(胴体部)に転移することが稀である、という説明を受けたらしく、そのプラス面に気持ちを集中させ望みをかけていらっしゃる様子が伺えました。ただ厳しい見方をすれば、首から上であってもリンパ節に転移していれば、後々癌がどこから顔を出すかわかったものではありません。初めから化学療法を併用しているということ自体、治療は局所ではなく全身を考慮に入れていることを示しているのだと思います。それも理解された上で、意識的に楽観視していらっしゃるのかもしれません。

ダグラスさんは既に一回目の放射線と化学療法を受けています。治療は毎週で8週間続く予定です。楽な道のりとは言い難く、「抗がん剤の吐き気は思ったより辛い」と話していました。(咽頭がんはシスプラチンがメインのお薬らしいです。)放射線も回が進むにつれ重い嚥下障害を伴ったり、唾液腺を破壊したりと有害事象が山積みです。これから予想される困難を淡々と語りながらも、ダグラスさんはこれらの治療が腫瘍を片付け、手術を回避できることを期待されているようでした。ステージIVの癌が手術もしないで治せるのかと私は半信半疑ですが、手術をすると声が出なくなってしまうことも有り得ます。職業柄手術に乗り気でないのは無理も無いことでしょう。

話が前後しますが、癌発見の経緯に関しては問題もありました。喉の痛みが続き診察して貰ったのが今年の夏の初め頃。その時点では検査結果に異常なし。そして8月半ば再度病院に行き、生体検査をしてやっと癌が見つかった…と同時にステージIVの診断。番組の中で「早期発見と言えるのか?」と質問され、「そう思いたいけど」と困った顔をして頭をかいたダグラスさん。「見つからないこともあるのさ」と達観していらっしゃるようです。一方奥様のキャサリン・ゼタ=ジョーンズさんは、1回目の検査で癌の兆候が見落とされたことに対して怒りを隠せません。癌というのは自覚症状が出る頃にはある程度進行しているケースが多いものです。ステージIVの癌が、仮に2ヶ月前に発見されていたとしたら…それでもステージIということはないですよね。どちらにしてもステージIVだったのか、早く見つかっていればステージIIIだったのか。憶測したところで今さらどうにもなりません。奥様が怒るのももっともですが、誰かを責めたところで病気が良くなるわけでもないし、気持ちを切り替えて治療に専念する方が得策という気もします。

ともあれ、ダグラスさんの治療が成功して今後もハリウッドで活躍を続けられることを祈っています。ステージIVの癌が治れば他の癌患者にとっても大きな心の支えとなると思います。
posted by leo at 17:02| Comment(0) | 癌になったセレブリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

望ましい死

*今回の投稿は終末期に関する内容です。暗い話題は避けたい方はパスして下さい。どちらかと言うと、患者の家族の方や看護に携わる方に読んでいただきたい内容です。

aster.jpg

東大のグループが行った「望ましい死を迎えるために必要なことは何か」という意識調査の結果が発表されたのは昨年の2月のことでした。アンケートに参加した癌患者の8割は「最後まで闘病したい」と答えたそうです。それを聞いた時、正直言って驚きました。日本人独特の心理なのかとも思いました。欧米では終末医療、緩和ケアが進み、患者や家族に対して非常にわかりやすい情報が提供されているため、一般的に理解が深いという印象を受けていたからです。

しかしそれはどうやら間違いだったようです。そう気づかされるような記事をNew Yorkerで読みました。死期が迫っていながら緩和医療を受け入れられない、或いは移行するタイミングを逃してしまう患者や家族が、アメリカにも数多く存在する事実とその問題点を指摘する内容でした。程度の違いはあれカナダやヨーロッパでも起こり得る状況だと思います。記事は「Letting go – What should medicine do when it can’t save your life?」と題されていました。Let goという表現はGive upに似ていますが微妙にニュアンスが違います。思いを断ち切るというか、思いから解き放たれるというか…そんな感じの意味合いがあります。

進行癌に限った話ではありませんが、現代の医学で完全治癒を望めない病気を抱えている人は沢山います。医師から説明を受け、やがてはその病のために死ぬらしいと頭で理解しても、心のどこかでは否定するのが自然な反応だと思います。しかも具体的にあとどの位生きられるかは誰にもわかりません。統計はあくまでも統計でしかなく、統計で示された期間よりはるかに長く生き続ける人もいるのです。自分もそうなると信じて頑張ろう。希望を捨ててはいけない。といった前向きな考え方は治療に臨む上でプラスになるとされています。

問題は医学の進歩により「治療を止めるべき時」を見定めるのが難しくなってしまったことです。人生の道程は目に見えません。あと100メートルの赤い立て札がどこに立っているのか見えないのです。不治の病とわかっていながらも、最後の道程をどう進むべきか、患者も家族も、担当医さえもよくわからないままに突っ走ってしまうことが少なくない、と「Letting Go」の筆者は述べています。

医師は治療の効果や回復の見込み、余命について患者ほど楽観的ではありません。「出来るだけ長く病気を抑え込みましょう!」と頼もしく語る医師とやる気満々の患者。しかし医師が内心2〜3年を目標にしている一方で、患者や家族は5年、10年とより大きな期待を胸に抱いていることが往々にしてあり、そのギャップについてはあまり触れられないのが臨床での現実のようです。医師も人間ですから、治療が効かなくなった場合どうするかについて話し合うより次の治療プランを提案する方が気が楽だ、と感じたとしても無理もありません。更にこの記事によると、アメリカでは終末期の癌患者に対して、効果が極めて薄いことを承知で化学療法を継続する腫瘍内科医が40%以上もいるそうです。なまじ薬の数が多いので「使える薬がなくなりました」という言い訳はできないのでしょう。患者が積極治療を欲しているなら、その望みをかなえるのが顧客サービスという理屈です。

これ以上治療を続けても意味が無いということを患者自身は理解していても、家族が納得しないケースもあります。苦労して患者や家族を説得するよりも他の抗がん剤を見繕ってあげる方が余程簡単だ、と取材に答えた医師もいました。別の医師は、患者の3分の2は家族を満足させるためなら気の進まない治療でも受けるとコメントしていました。愛する人をガッカリさせたくない、と思うのは国境、文化を越えた共通の心理なのです。ボロボロになりながら延命効果の望めない積極治療を続ける人達。腹を立てるべきなのか涙を流すべきなのか。やりきれない気持ちになる話でした。

「Letting Go」の筆者Atul Gawande氏は外科医で、終末医療に関しては痛み止めを多用するというくらいの知識しかなかったそうです。もちろん実際は大きく違い、痛みを和らげるのはホスピスの果たす役割のほんの一部にすぎません。普通の医療とホスピスの違いは優先順位にある、とホスピス・ナースのSarah Creedさんは語ります。延命が最優先される一般の医療に於いては、治療により現在のQOLが犠牲なるのは仕方がないと考えられます。ホスピスでは現在のQOLが優先されます。今、苦痛から解放され、意識もはっきりして、家族と共に過ごす時間を楽しめることが目的なのです。鎮痛、解熱、制吐、精神安定、幻覚止め、痰止め他、総力を結集して可能な限り心地よい日常生活の実現に努めるのです。残された時間が長くなるのか短くなるのか。それ自体は重要とされていませんが、ホスピスを選んだことで、結果的に延命治療を受け続けている人と同じ、或いはそれ以上長く生きることができた人も大勢いる、という研究結果もあります。

不治の患者の治療を担当する医師は、患者の意思を明確にしようと試みます。化学治療を続けたいのかどうか。万が一の際蘇生処置を受けたいのかどうか。ホスピスに移りたいのかどうか。会話の大部分は選択肢です。緩和ケア専門のSusan Block医師によると、こうした態度が間違いの元だそうです。不治の病と診断された人は不安で押しつぶされそうな状態であり、まずは不安を軽減することが必要なのです。その為には患者の話をじっくり聞く。その人にとって何が一番重要なのか。治療のオプションが少なくなってきたらどうしたいのか。全てが得られない場合、何をあきらめ何を取りたいのか。そういったことを十分把握することにより、患者が本当に必要とする情報やアドバイスを与え、患者の真意に沿った治療を施すことが可能になる、とBlock医師は述べています。医師にとっても患者にとっても気の重い、避けて通りたい終末期の話題。しかしそれを避け続けることで最後につけを払わされるのは患者の側です。面談で主導権を握っているのは医師であることからも、医師は医学知識だけでなく、難しい問題をやんわり且つ的確に話し合える高いコミュニケーション能力が必要とされる時代なのだと感じます。

人間は100年前でも200年前でも死ぬことを恐れていた筈です。でもその頃は「死」というものが現在ほど特別な存在ではなかっただろうと思います。医学の進歩が「死」を複雑で受け入れ難いものに変え、人に「死に方」を忘れさせてしまたのかもしれません。長く生きる為に全力を尽くすことは崇高です。しかしその努力が不毛になった時、その事実に気づかなかったり、それを否定し続けたりするのは悲しいことです。最終的には個人の心の問題ですが、残された時間が少なくなりすぎない内に患者が「Let go」できるかどうかは、医師との信頼関係、ひいては医療システム全体のあり方にもよると思います。多少落ち込む内容でしたが色々と考えさせてくれる記事でした。

New Yorkerの記事本文
記事中引用された研究@(ホスピスを選んだ人の方が長く生存する)
記事中引用された研究A(終末期について事前に医師と話し合った患者の方が望ましい死を迎える)
posted by leo at 16:41| Comment(2) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

癌になりたい人

heron.jpg

癌になりたい人など多分この世にいないと思います。しかし自分は癌であると偽りお金を騙し取ろうとする輩はどこの国にもいるようです。そういう不届き者がカナダにも現れ、先週ずいぶんとマスコミを騒がせていました。

詐欺罪で起訴されたのはオンタリオ州バーリントン市に住む23歳の女性、Ashley Kirilowです。Kirilowは髪と眉毛を剃り落とし見かけを癌患者風に変え、”Change” for a Cureという架空のチャリティ団体を立ち上げました。彼女の作り話を信じた地元の人達は、イベントを幾つも催して募金集めに協力したそうです。お金は”Change” for a Cureを通じて癌治療法の研究資金として寄付される筈でしたが、実際にはKirilowが使ってしまいました。騙されたのは周囲の人だけではありません。KirilowはFacebookとMySpace(どちらもSNS)でも、複数の癌を患い不治の身であるという虚偽のプロフィールを掲げて支援を募っていたのです。つるつる頭にスカーフを巻いた姿や抗がん剤点滴風の針の刺さった手の写真まで載せ、悲劇のヒロインを演じました。

kirilow.jpg

まったく呆れ果てた女性ですが、もともと虚言癖など言動に問題が多かったらしく、家族は「係わり合いになりたくない」と保釈金支払いを拒否したそうです。騙された友人・知人の大部分は怒りをあらわにしていましたが、中には「癌ではないが心を病んでいるのは事実。手を差し伸べてあげるべき。」と寛大な意見を述べる人もいました。

同じような事件はアメリカでも起きています。テネシー州の元市職員Keele Maynorは進行、転移した不治の乳がんであると嘘をつき、同僚をはじめ地元住民から多額の支援金を騙し取りました。Maynorは髪を剃ったり杖をついたりして、なんと5年も偽装を続け、支援者の中には彼女の家賃や光熱費を払ってあげる人までいたという話です。ブログもやっていて、末期がん患者の胸のうちを切々と綴ってウソの上塗りに努めました。Maynorは法廷で罪を認め、人から同情されたり気遣われたりしたくて病気のふりをしたと述べたそうです。3人の子持ちであることから親族や友人は情状酌量を求めていましたが、7月末に実刑42ヶ月という厳しい判決が下りました。

maynor.jpg

これらの事件には共通の要素があるように思います。

まず、癌を装うのは他の病気(例えば心臓病)を装うのより簡単だということです。癌イコール脱毛というイメージが社会全体に深く浸透しており、ステレオタイプ化しているからです。特に、癌と縁のない幸せな人達は、抗がん剤には沢山の種類があり、全ての薬が脱毛を引き起こすわけではないことを知りません。さらに、アメリカやカナダでは治療で脱毛してもカツラをかぶらない女性が大勢いる、という背景もあります。ノーウィッグ派の中には帽子やスカーフを着用する人と、それすら着けずに堂々と外出する人と両方いるようです。フェミニズムの流れなのかもしれませんが、癌になったことも治療で髪を失ったことも恥ずかしいことではない、よって隠す必要も無いという発想だと思います。そして皮肉なことに、こうしたオープンな態度が癌のふりを容易くしてしまったよう感じます。

また、ニセ癌患者はお金だけが目当てなのではなく、他人の気を引くことにも執着しているという特徴があります。いわゆる寂しい人、かまってちゃんなのです。同情されたい、優しくして欲しい。そのためについた嘘が雪だるま状に大きくなるのを止める勇気が無い。まさに弱さの塊です。本当に癌になった人というのは逆だと思います。癌になったのはショックだし治療もしんどいけれど、出来るだけ長く社会参加を続けたい。必要以上に特別扱いされたくない。励ましは嬉しいけれど、可哀想だとは思ってもらいたくない。そんな気持ちで生きている人が多いのではないでしょうか。だいたい癌という手強い病気の相手をするのには精神的にタフでないとやっていけません。

それから、これは同じ女性としてとても残念なのですが、癌詐欺を行うのは女性が多いという印象を受けます。外見的に真似しやすいのと(男性だと剃髪だけでは誤魔化せない)、周囲への依存心の強さ(助けてもらうことに抵抗がない)によるのかもしれません。

癌を装う死ぬ死ぬ詐欺というのは日本でも起こったと聞きました。ただ日本の場合はネット上の匿名行為のようなので、法的に処罰するのは一層困難かと思います。アメリカやカナダでは実名で、職場や友人、地域社会など身近な人から騙していくという傾向があります。ネットは、自分の作り話に酔いしれたり、より多くの人の同情を誘う場として併用されている状況です。

癌になった者として、ニセ癌患者の存在は腹立たしいと言うより不可解そのものです。そんなに癌になりたいのなら私の癌を差し上げますよ、というのが正直な気持ちです。無論、倫理的な問題は明らかです。健常者が身体障害者の真似をすることが許されないように、生死にかかわる病を装うのは恥ずべき行いです。お金を騙し取られた人にしてみれば、善意を踏みにじられたのですから怒って当然。当事者の被害以外では、詐欺事件がまっとうなチャリティ活動に及ぼす悪影響が気がかりです。欧米では、チャリティ経由の寄付金は癌研究の大きな資金源となっています。税金や製薬会社からのお金のみでこんなに沢山の臨床試験が可能になっているわけではありません。リレーフォーライフやピンクリボンなど癌がらみのチャリティイベントは無数にあり、それらの主目的は将来癌の犠牲になる人を減らすこと−即ち癌研究のための資金集めなのです。助け合いの精神が社会全体を良くするための原動力となる、という共通の理解の上に成り立っているシステムを崩さぬためにも、癌患者のふりをするのはやめていただきたい思います。
posted by leo at 18:46| Comment(4) | 日々の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

赤い仕事人

castel del monte.jpg

Pegylated Liposomal Doxorubicin(ドキシル)は、主役を演じる実力があるのに代役や脇役しか回ってこない、不運なお薬という印象があります。見た目が赤くてインパクトがあるだけでなく、本体のドキソルービシンは、かつてシスプラチン、サイクロフォスファマイドと共に卵巣がん治療のファーストラインを勤めた輝かしい過去があります。さらに遡ると、先祖はイタリアの古城出身という名門の流れを汲んでいるのです。(正確には、そのお城周辺の泥から見つかった細菌ですけど…)バンクーバーやオレゴンの山中に茂っていた雑木ごときに後れを取り、悔しい思いをしているかもしれません。

さて、程度の違いはあれ卵巣がんの治療薬はどれもそうなのかもしれませんが、PLDの場合は特に白金感受性の有る人に対して効き目を発揮する傾向が強いようです。この特徴は、前回の投稿でふれたTopotecanと比較する治験の結果でも明らかでした。勿論、傾向があるというのは、あくまで「そういうことが多い」という意味でしかなく、白金感受性が無い人(初めから無かった、途中で耐性がつき失った)に全然効かないという訳ではありません。それを心に留めて以下をお読みいただけたらと思います。

PLDが白金感受性の有る人に効く薬なら、当の白金系抗がん剤と相性が良いのではないか、という推測は極めて論理的です。それを実際にに検証する試みも多数行われています。代表的な研究を幾つか箇条書きにしてみました。

再発治療におけるカーボプラチン+PLD(フェーズ2)

参加者:過去1〜2回の化学療法(主に白金+タキサン、1回の化学療法=6回の点滴)を受け、その後6ヶ月以上経ってから再発(再々発)した白金感受性の有る人(104名)。

結果:奏効率63%、完全奏効38%、無進行期間中央値9.4ヶ月、生存期間中央値32ヶ月。

小規模の臨床試験なので統計的誤差があるとしても、再発治療としては立派な数字のように見えます。

再発治療におけるカーボプラチン+PLD vs カーボプラチン+パクリタキセル(フェーズ3)

参加者:フェーズ2と同じく白金感受性有りの人のみ。カーボプラチン+PLD組(467名)、カーボプラチン+パクリタキセル組(509名)。

結果:無進行期間中央値 カーボ+PLD→11.3ヶ月 カーボ+タキ→9.4ヶ月
全生存期間は集計待ち。

癌の治療薬は最終的にOS(生存期間)で判断されることが多いので、現時点で勝ち負けはついていません。しかし治験を担当した研究者の方は「カーボ+PLDはカーボ+タキよりPFS(無進行期間)が長い。パクリタキセルの末梢神経障害(治療終了後も後遺症として残ることがある)もないし、より優れた治療法だ!」と自信たっぷりの様子です。

ファーストラインとしてのカーボプラチン+PLD vs カーボプラチン+パクリタキセル

参加者:初めて化学療法を受けるステージIC〜IVの卵巣がん患者(内ステージIII60%、IV21%)。カーボ+PLD組(410名)、カーボ+タキ組(410名)。

結果:奏効率 カーボ+PLD→57% カーボ+タキ→59%
無進行期間 カーボ+PLD→19.0ヶ月 カーボ+タキ→16.8ヶ月
全生存期間 カーボ+PLD→61.6ヶ月 カーボ+タキ→53.2ヶ月

え〜!タキソールよりドキシルの方が効くじゃないの〜!と早とちりしないで下さいね。統計的に有意な差はないそうです。生存期間は随分違うように見えますが、治験が行われたのが2003〜2007年で、後半に参加した人の生存期間はまだ現在進行形。データが揃ったら数字が変わる可能性があります。とは言え、カーボプラチン+パクリタキセルの併用療法が他を大きく引き離しているというのは誇張で、本当のところはハナ差ぐらいなのかもしれません。にもかかわらず、PLDは基本的に再発もしくは難治性の治療にしか用いられていないのが現状です。しかも白金感受性有りの人が再発した場合、まずはカーボプラチン+パクリタキセルの再投与を試みるのがスタンダードなので、白金感受性が底を付きかけた頃にならないとPLDの出番が回ってこないこともあるでしょう。本領を発揮できる機会を十分に与えてもらえず、いささか気の毒な感じがします。

ところで上記の臨床試験が行われた場所は、再発フェーズ2→フランス、再発フェーズ3→ヨーロッパ+カナダ+オーストラリア、ファーストライン→イタリア(さすがDoxorubicinの祖国!)でした。アメリカ以外の西洋諸国が団結してアメリカの薬(タキソール)を蹴落とそうとしている…というのは私の妄想ですが、ヨーロッパのドクターの方がアメリカのドクターに比べ、パクリタキセルに対する見方が少し厳しいのかな、という気はします。ヨーロッパの人の方がQOL(見た目を含め)に対するこだわりが強いのかもしれません。

それからドキシルのことをPLDと表記しているのは、商品名がアメリカと日本ではDoxil、ヨーロッパやカナダではCaelyxと異なり紛らわしいからです。Caelyxはジェネリックなのかと思いましたが、そうではなく販売権を持っている会社が国によって違うかららしいです。2つ名前があるなんてややこしい話です。

(長くなったので副作用については追記にしてあります。)

続きを読む
posted by leo at 12:08| Comment(0) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

地味な脇役

campto.jpg

Topotecanという抗がん剤は、奏効率、効き目、副作用など万事において地味な薬だという気がします。華やかなスポットライトを浴びることもなく、自らの限られた役目を地道に果たしている影の薄い脇役のような印象があります。

TopotecanはトポイソメラーゼI阻害薬という種類の抗がん剤です。トポイソメラーゼはDNAに巻きついている2本鎖を切断したり再結合したりする酵素→その働きが阻害されるとDNA複製に支障をきたす→よって癌細胞が死滅する(理論上)というメカニズムらしいです。欧米では卵巣がん、小細胞肺がん、子宮頸がんの治療に用いられています。

Topotecanが卵巣がん治療薬の仲間入りする決め手となったのは、タキソールと一騎打ちで効果を比較した治験でした。対象は再発卵巣がん患者(トポ112名、タキ114名)で、主な結果は以下の通りです。

奏効率 トポ21%:タキ14%
無進行期間中央値 トポ18.9週:タキ14.7週
全生存期間中央値 トポ63週:タキ53週
微妙にTopotecanが優勢に見えますが統計的に有意な差ではありません。サンプル数が小さいこともあり、両者の効き目に差はないという見方をされています。打率はせいぜい2割で、当たっても4〜5ヶ月癌の動きを止めるのがやっと…というささやかな結果ではありましたが、権威のあるタキソールと互角の働きをみせた実績を認められました。

Topotecanは骨髄抑制の強い薬として知られています。そのことは上記の治験でも確認されました。(数字は有害事象が起こった患者の割合)

好中球減少症(グレード4) トポ80%:タキ21%
貧血(グレード3/4) トポ41%:タキ6%
血小板減少症(グレード4) トポ27%:タキ3%

骨髄抑制以外では、やはり吐き気(64%)や嘔吐(45%)がありますが白金系の薬ほど重症ではありません。下痢(32%)になったとしても軽め(グレード1/2)が多く、脱毛は49%なので約半数は髪が抜けないようですね。

骨髄抑制は命に係わる深刻な問題ですが、自覚症状が出ないことも多く、辛いという実感があまり伴わない副作用のような気がします。シスプラチンの嘔吐、タキソールの末端神経障害、ドキシルの皮膚障害などと比較すると、穏やかな薬という感想を述べる患者さんも多いです。

せっかくなので別の治験の結果も簡単に紹介しておきます。TopotecanとPLD(ドキシル)を比較した臨床試験です。対象者はやはり再発卵巣がん患者で、Topotecan組が235名、PLD組が239名でした。

奏効率 トポ17%:ドキ19.7%
全生存期間中央値 トポ56.7週:ドキ60週
とタキソールの時と同様、2つの薬の効き目は似たり寄ったりの結果でした。

しかし参加者を白金感受性のある人(白金+タキサンのファーストライン治療から再発までの期間が6ヶ月以上)だけに絞ると
無進行期間中央値 トポ23.3週:ドキ28.9週
全生存期間中央値 トポ71.1週:ドキ108週
とPLDの方が優勢で、特に生存期間については統計的に有意な差が出ました。(この勝利データを基に、ドキシルの米国でのステイタスは緊急承認から正式承認に格上げされ、セカンドラインの筆頭的存在になりました。)

ちなみに白金感受性のない人(難治性含む)の間では
無進行期間中央値 トポ13.6週:ドキ9.1週
全生存期間中央値 トポ41.3週:ドキ35.6週
とTopotecanの方がやや成績が良かったようです。(トポティはあくまでも控えめなのです。)

Topotecanは日本の卵巣がん患者さんが承認を待ちわびている薬の一つだと聞きます。しかしエビデンスの数字から判断するに、この薬が使えないから治らないとか、命が大幅に短くなるとかいう事はないように感じます。少なくとも待っている間あせったり、悲観したりする方が余程身体に障ると思います。特に日本の場合は、同じトポイソメラーゼI阻害薬であるIrinotecanが既に使用されているという背景があります。Irinotecanは、欧米では大腸がんの治療以外にはあまり用いられていないのですが、日本国内では卵巣がん、乳がんなど幅広く活躍しているようですね。日本で開発された薬であれば治験結果も臨床経験も豊富でしょうし、自然な流れかと思います。今後Topotecanを卵巣がん治療薬に加えるのであれば、Irinotecanとcross resistantにならないのか素人ながら気になります。クロスレジスタンスは、癌を殺すメカニズムが同じ薬は、片方が効かなければもう片方も効かない(ことが多い)という現象です。もっともcross resistantだったとしても、患者がTopotecanかIrinotecanか好きな方を選べるようになるのなら十分意義があるでしょう。地味なトポティ君、日本デビューを果たす日が来るのかな?
posted by leo at 15:31| Comment(2) | 抗がん剤(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

がんと環境汚染

map.jpg

前回、乳がんリスクと住まいのカビよけ剤などとの関係について書きましたが、その調査が行われたのはマサチューセッツ州のケープコッドという場所です。ケープコッドは大西洋に細長く突き出た半島で、白い浜辺や港、灯台が点在し夏場は大勢の観光客でにぎわいます。またクランベリーの栽培も盛んです。

そんな美しいケープコッドですが、1993年に州の統計でマサチューセッツの他の地域と比べ乳がんの罹患率が15%ほど高いことがわかりました。掃除用製品や家庭用殺虫剤の調査は、その原因を探るために行われた一連の研究のひとつでした。他にも飲料水の汚染レベル、クランベリー栽培に使用される農薬の影響、家庭内の空気や埃に含まれる化学物質等について調査が実施されました。

お水については、下水処理システムで浄化後もホルモンを乱す化学物質が残存していることや、下水自体が飲料水の水源に若干浸み込んでいる可能性が示されたものの、飲料水の亜硝酸レベル(下水による汚染の程度を示す指標)と乳がん罹患率の間には繋がりが見られませんでした。また、クランベリーの栽培には1970年代中頃までDDTが使用されていましたが、その時代にクランベリー農園の近くに住んでいた女性の間で、乳がんリスクが特に高いという傾向は出ませんでした。家庭内の化学物質については世帯平均で20種類のホルモンかく乱物質が検出されましたが、それらと乳がんとの関係については不明です。つまり色々調べてみたものの犯人を特定することはできなかったのです。

ある地域で特定のがんの罹患率が異常に高い状態はCancer Cluster(集団発生)と呼ばるそうです。ただ、クラスターが真のクラスターなのか(公害等の原因あり)、たまたま数字が大きいだけなのか(偶然)の判断は微妙と言われます。自然な状態でも国中の全ての地域でがんになる人の数が同一になるわけではありません。底に升目を描いた箱の中にお米を一掴みバラバラっと投げ込んだら、升目ごとに落ちた米粒の数が等しくならないようなものです。周囲でがんになる人が妙に多ければ、地域住民は何か理由がある筈だと考えがちな一方、疫病学者は懐疑的な見方をすることが多いのはそのためです。さらに真のクラスターである疑いが濃くても、環境と発がんの因果関係を立証するのは非常に困難です。

ニューヨーク州ロングアイランドは、1980年代後半から90年代にかけて乳がんの死亡率が全米の水準より目立って高い地域でした。その原因を究明する為に国立がん研究所(NCI)が直々に調査に乗り出し、2004年には連邦議会に報告書が提出されました。乳がんと環境汚染との関係を研究する10件以上の調査を含む大プロジェクトでしたが、結果は肩透かしをくらうような内容でした。怪しいと目されていたDDTなどの有機塩素系農薬とPCBがどちらも白と出たのです。(DDTやPCBに発がん性が全くないと言っているのではなく、ロングアイランドの女性が日常晒されている残存DDT/PCBレベルであれば、乳がん罹患率に差を生じないという意味のようです。)調査票、血液や尿検査、さらに手術の際に切除した脂肪組織の組織検査、と色々な角度から綿密に調べたにもかかわらず乳がんとの関係は認められませんでした。唯一の成果はPAH(多環芳香族炭化水素)に黄色信号が出されたことです。PAHはディーゼルエンジン、焼却場、各種燃焼機器、タバコなどの煙に含まれる有毒物質で、多量のPAHが体内に入ることで乳がんのリスクが1.5倍になるそうです。しかし、これだけでロングアイランドの乳がん率を説明するのは無理があり、残念ながら真相解明には程遠い状況です。

環境汚染の影響が疑われるのは乳がんだけではありません。ニュージャージー州のトムズリバーという町では、小児がんになる子供の数が何年も続けて平均を上回りました。白血病、脳腫瘍、神経芽腫など種類にばらつきはありましたが、近隣のがんセンターでナースが首を傾げたほどの罹患率でした。トムズリバーには有害廃棄物の埋立地が2箇所あり国から安全/浄化処理を命じられています。小さな子供を持つ親たちは州の健康課に何度も足を運び、汚染と小児がんとの関係を調査するよう要望しました。初めは「小児がんの率は懸念するほど高くはない。」と取り合ってもらえなかったそうです。しかし住民側はあきらめませんでした。住民グループ代表で、神経芽腫を患う子の母であるLinda Gillickさんは「白血病になった子供の二軒先に腫瘍のできた子供がいる。同じ水を飲んで同じ空気を吸ってるのに、当局はそれと病気とは関係ないと言う。私の常識ではおかしいとしか思えません。」と語りました。努力の甲斐があってようやく調査が実施されましたが、因果関係が示唆されたのは、妊娠中に汚染された水を飲んだ母親を持つ女児の白血病のケースだけでした。他の小児がんについては原因不明のままです。多発しているとは言え小児がんの件数は少ないので、統計的な分析では答えを出しにくかったようです。

癌になる原因は一つではなく、様々な要素が絡み合っていると思います。また、何らかの原因で損傷した遺伝子を修復する力にも個人差があります。こうすれば癌になる、ならないと決めつけらられるほど単純なメカニズムではない筈です。その一方で産業化の進んだ社会において癌の罹患率が上昇しているのも事実のようです。地域内、家庭内での環境汚染が癌細胞の発生にどう関与しているのか、もっと解明されて欲しいと感じます。

最後にうれしいニュースで締めくくりましょう。今年5月に、NCI内のがん諮問パネル(President’s Cancer Panel)が「環境による癌リスクを減らす為に」というレポートを発表しました。「人に害があることが証明されてから対処する現行のアプローチを、予防主体のアプローチに変更すべきである。」「疫学的調査や有害アセスメントは、エビデンスのない分野で強化されなければならない。」といった頼もしい勧告と詳しい現状分析から成るこの報告書は大統領に届けられ、今後予算を組む際の参考にされるそうです。

情報ソース:Cape CodLong IslandToms River1Toms River2Cancer ClusterPresident's Cancer Panel
posted by leo at 15:40| Comment(0) | 海外がん情報(一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。